このセクションのトップに戻る MIネットtopに戻る


                             2002年12月25日

ヒト幹細胞を用いた臨床研究の在り方に関する専門委員会委員長 中畑龍俊殿
                    上記専門委員会委員 各位殿

優生思想を問うネットワーク
      代表 矢野恵子
〒536-0023 大阪市城東区東中浜2-10-13
緑橋グリーンハイツ1F アド企画内
TEL/FAX 06-6965-7399
e-mail yunet@cat.zero.ad.jp

 新聞報道等によれば、貴委員会は次回(12月26日)の審議をもって、「ヒト幹細胞
等を用いる臨床研究に関する指針案」をまとめる方向とのことです。また、その指針の中
に、死亡した胎児の利用も盛り込むと聞き及んでおります。

 私たちは、これまでも、障害者や女性の立場から再生医療などの先端医療の動向をとら
え、問題点を提起してきましたが、今回の貴委員会の審議の進めかたがあまりにも拙速か
つ独善的であること、市民の声を審議に反映させようとの姿勢が皆無であることに強い怒
りを禁じ得ません。このまま、指針案がまとめられることのないよう要望します。

1.死亡胎児の臨床研究利用承認に反対します

(1)まず、胎児を基礎研究・臨床研究に用いることについて、実態を公表し、その是非
  について社会的論議をすべきです。

  私たち市民にとっては、中絶や流産した胎児の臓器・組織・細胞・遺伝子等が収集され、
 研究に利用されていること自体、驚きです。まして、胎児の細胞が動物に移植されたり、
 他の人間にそのままあるいは加工して移植したり、胎児から得た細胞を原材料にして「製
 品」を作ることなど想像外のことです。

  まずは、これまで死亡胎児を用いて行われた基礎研究や臨床研究の内容、胎児の提供に
 際してどのような説明・承諾が行われたか(あるいは、行われなかったか)、胎児やその
 親の病歴等個人情報がどのように収集・保存・利用されているかを詳細に調査し、市民に
 公表することが先決です。また、既に存在している胎児バンクやその流通の詳細について
 も調査し公表すべきです(注)。

  これらを踏まえて、死亡胎児を基礎研究・動物実験・臨床研究に用いてよいのか、胎児
 から得た細胞を操作し培養することの是非、さらには、死亡胎児を資源として加工処理し
 最終的に医薬品・生物製剤等の商品を作ることの是非について、市民を交えて広く論議す
 ることなしに、結論は出せないはずです。実態調査もせず論議も尽くさないまま、「既に
 死亡胎児を用いた臨床研究が行われているのだから」という理由だけで、死亡胎児の臨床
 研究利用を認めることは許せません。

(2)死亡胎児の提供は、女性に対して大きな心身の負担を強いる事実について、さらに慎
  重に検討すべきです。

  貴委員会の審議の中では、死亡胎児の提供者とされる女性への影響について全くと言っ
 ていいほど検討されていません。が、流産にしろ人工妊娠中絶にしろ、提供を求められる
 当の女性は、心身ともに非常に大きな困難に直面しています。そのような時に、冷静に研
 究内容等を理解し、提供するかどうかについて的確な判断を下すなど不可能です。摘出胎
 児の提供を求められることで、さらなる精神的混乱を引き起こしたり、後々、自らの選択
 に対する悔恨に苦しめられる事態も考えられます。

  また、流産の処置・人工妊娠中絶の手術は、女性の心身への侵襲を最小限に抑えること
 が最重要視されるべきです。ところが、多くの胎児組織をなるべく傷つけずに取り出すた
 めに吸引器の圧力を小さくする、なるべく大きなカニューレを使う、ゆっくりと時間をか
 けるなど手術方法が変更され、その結果、感染症や子宮頸部の損傷が引き起こされる可能
 性も指摘されています。さらには、第5回専門委員会で「(現在は12週未満の胎児を用
 いているが)科学的な有用性からは、もうちょっと週齢の進んだ、例えば15週齢程度が
 使えれば科学的には一番やりやすい」と金村氏が述べたように、中絶時期さえ変更される
 可能性も皆無と言い切れません。

  さらには、胎児細胞を臨床研究に用いるとなれば、胎児の医学的情報(病歴・遺伝子検
 査等)ばかりか、女性(家族)の病歴など個人情報も収集・保存する必要に迫られます。
 提供女性は、プライバシー侵害の不安をも抱え込むことになります。

  胎児の提供は、女性に対して大きな心身の負担を強いる事実について、さらに慎重に検
 討すべきです。

2.指針案提示の前に、人の組織や細胞の資源化・産業化についての市民を交えた広範な論
 議を求めます。

  貴委員会では、既に多くの施設で、体性幹細胞を用いた臨床研究が実施されているとい
 う事実を前提に、あたかも、これらを後追い承認する形で指針案をまとめようとしていま
 す。しかも、指針案の「第6章 製造及び加工段階における安全性の確保」に出てくる「原
 材料としてのヒト幹細胞等」「品質管理システム」「加工処理」「最終製品の出荷」等の
 言葉で明らかなように、「臨床研究」とは、ヒト幹細胞等を原料として様々な工業製品を
 生産する、いわば、人の組織や細胞の資源化・産業化そのものを意味しています。

  しかしながら、人の細胞を研究材料として用いること、さらには人の細胞を産業資源と
 して加工し大量生産することの是非について、市民を交えて広く論議されたこともなけれ
 ば、社会的コンセンサスも得られていません。その上、私たち市民には、実際にどのよう
 な形で自分たちの臓器・組織(それに付属する個人情報とともに)が収集され、どのよう
 に加工・利用されるのかさえ、理解可能な形で提示されていないのが現状です。

  また、障害や病気を持つ人にとって再生医療は福音であり、彼らのための推進であるか
 のように宣伝されています。しかし、福音とばかり言い切ることはできません。障害があ
 るままに社会の中で生きることを選択し、障害者自身が声を上げることで徐々に日常生活
 を築き、周囲の賛同・協力も得てきている人達も増えています。そういう人の意見が届か
 ないまま、一方的な価値観に基づいた方向だけが出され、ことさら治療が強調されれば、
 障害者を治療すべき存在と見る傾向が一層強化される恐れがあります。治療を希望する人
 についても、その背景として障害者をありのまま受け入れない社会があり、つらい立場に
 置かれている場合、なかば強制的に治療に追いやられている側面もあるのではないでしょ
 うか。

  委員長をはじめとして、日本の再生医療を推進する代表的な研究者らが大きな発言権を
 持つ貴委員会での議論だけで、結論が出されることに大きな危惧を抱きます。

  パブリックコメントの募集をするとしても、従来のパブリックコメントの扱いを見れば、
 多少の字句の訂正はされるものの、実質的にはただ聞き置くだけ。案の提示をもとに社会
 的論議を巻き起こし市民の声をくみ取り議論を深めることなど、行われた試しがありませ
 ん。

  貴委員会として指針案をまとめる前に、ヒト幹細胞等を用いた臨床研究、再生医療の詳
 細な現状とその問題点を市民の前に明らかにすること、そして、研究者・専門家・有識者
 と市民を交えた議論の場を作ることを要望します。

 (注)例えば、1998年からの厚生科学研究(家族性遺伝性疾患の解析のための情報・
    検体の集積分配ネットワーク構築に関する研究)で立ち上げ、日本産科婦人科学会
    周産期委員会に引き継がれた「遺伝性疾患の情報・検体集積分配ネットワークシス
    テム」。障害胎児の検体や情報(家系、環境、形態データなど)が全国レベルで収
    集・保存され、集積した検体の配布やこれを用いた研究も行われている。