司法制度改革審議会中間報告への意見書


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司法制度改革審議会 御中
                           平成13年2月26日


司法制度改革審議会中間報告への意見書
ー特に弁護士報酬敗訴者負担制度導入が医療過誤訴訟に与える影響についてー



 医療改善ネットワーク(MIネット)は、WMA(世界医師会)の「患者の権利に関するリスボン宣言」(1995年改訂。http://www.mi-net.org/lisbon/D_Lisbon_j.htmlhttp://www.wma.net/e/policy/17-h_e.html)など、「患者の権利」についての国際的水準を踏まえ、日本の医療においても「患者の権利」を基本として医療の改善が進められることが必要であるとの認識に基づき、法律関係者・医療関係者を含みつつ、幅広い市民が協力しあって、それぞれ自分ができることをしていくという形で医療の改善に取り組んでいくために、1998年11月に結成された(2001年2月17日現在、会員341名。会員の状況の詳細は、http://www.mi-net.org/main/kaiin.html)。
 これまでに「医療事故防止委員会要綱」、「手術患者取り違え事故防止ガイドライン」、「医療におけるプライバシー保護ガイドライン」、「薬害資料館ネット版」などを作成して公表している。

 今回の貴審議会の中間報告が、利用しやすい司法制度を実現するために制度的基盤整備の必要性を指摘しているのは基本的に歓迎すべきことであるが、その目標に向けて提案されたアクションのうち「弁護士報酬敗訴者負担制度導入」は、以下に述べるように医療改善を図る上で大きなマイナス要因として働くおそれがあり、賛成できない。

 この制度を導入すべき根拠として中間報告は次の2点を挙げている。
(1)勝訴当事者が弁護士費用を負担するのでは裁判で認められた賠償額が目減りし、法によって認められた権利の内容が訴訟を通じて縮小されるので、訴えの提起をためらわせる結果となる。
(2)敗訴しても相手の弁護士報酬を負担する必要がないと、不当な訴え・上訴の提起、不当な応訴・抗争を誘発するおそれがある。

根拠(1)について
 原告が勝訴しても弁護士費用負担分だけ訴訟のメリットが目減りするといういわゆる「訴訟利益目減り論」を本制度導入の根拠として持ち出すことが適当であるかどうかを医療過誤被害に関して述べる。

 1999年11月に米国科学アカデミー医学研究所は「To err is human」と題する報告書(http://www.nap.edu/books/0309068371/html/。邦訳は、『人は誰でも間違える−より安全な医療システムを目指して』(日本評論社))を出し、米国では毎年44,000ないし98,000名の入院患者が医療ミスにより死亡しているとの見積もりを示した。その報告では医療過誤により入院患者が死亡するリスクを0.13%ないし0.29%と推定している。この数字は過大な見積もりであるという批判も一部にあるが、仮に0.13%の半分の0.065%を1998年の日本の新規入院患者数12,454,820名に乗じてみると、日本では控えめに見積もっても約8000名の入院患者が毎年医療ミスにより死亡しているということになる。死亡に至らない医療過誤発生率は米国での推定では死亡例の10倍はあることを考えると、わが国では10万名近い入院患者が医療過誤による被害を受け、そのうち8000名ほどが死亡していることになる。それに対し、日本で提起される医療過誤訴訟は年間700件ほどに過ぎない。裁判による解決を不必要にするほどのADR(裁判外紛争解決制度)がわが国には存在しないことを考えると、これらの数字は多くの被害者が被害を受けたこと(医療過誤であること)を認識していないか、認識していたとしても裁判での解決をあきらめている可能性を示唆している。なぜ、裁判による解決を求めないのか、その理由ははたして中間報告のいう「訴訟利益目減り」なのであろうか?

 この点に関して、医療事故情報センターが最近おこなった市民アンケート調査(http://www3.ocn.ne.jp/~mmic/03121601.htm)によると、原告が敗訴すれば被告の弁護士費用の全部又は一部を原告が負担することになる制度が導入された場合の医療過誤訴訟提起への影響についての問いに、提訴が非常にあるいは多少しやすくなると答えたのはわずか7%であり、63%は非常に提訴がしにくくなる、19%は多少提訴しにくくなる、と答えている。このアンケート結果からすれば、弁護士報酬敗訴者負担制度導入は、勝訴した場合のメリットより敗訴した場合のデメリットの方が大きいと国民は受け止めているとみられる。このことからすると、たとえ現在の訴訟提起率の低さが「訴訟利益目減り論」で説明できる面があったとしても、本制度の導入は敗訴時の負担増大という新たな大きなマイナス要因をもたらし、結果として裁判での解決を今以上にあきらめさせることが予想される。

 さらに、医療事故の被害者(遺族)が裁判での救済を求める割合が低い理由を考えるときに忘れてならないこととして、医療過誤訴訟には、多くの人の共通認識になっているように、診療行為が密室で行われる(密室性の壁)、被告の専門領域で戦わざるを得ない(専門性の壁)、医療界に相互批判を許さない体質がある(封建制の壁)という3つの壁があるという現実がある。医療過誤訴訟を起こすにあたって、まず医療機関の保有する証拠(カルテなど)を入手する必要があるが、カルテ開示の法制化が未だに実現していない現在、真正で十分な治療記録を患者(遺族)の申し出だけで入手するのは必ずしも容易ではなく、費用のかかる証拠保全措置を取ることを強いられる。また、日本では米国のディスカバリーのような強力な証拠収集手続が認められていないので、被告の過誤を立証することには少なからざる困難が付きまとう。それに追い討ちをかけるように、わが国の医療界には相互批判(peer review)の精神が希薄であり、かばい合いの体質が依然として続いているため、専門医の公正な鑑定を裁判の場で受けることは容易ではない。たとえ運良く、これらの諸困難を乗り越えて被告の過誤を立証でき、それを裁判官が認めてくれたとしても、裁判所が認容する賠償額は被害の実態と比べて低額であることが多い。また、訴訟提起のために通常必要な費用(証拠保全費用、弁護士着手金など)を都合することができない医療過誤被害者に対する公的支援(法律扶助など)の制度も貧弱である。さらに、費用負担などとの関係で弁護士に頼らず自分で訴訟を提起しようとする者に対して、複雑な訴訟手続きの進め方について裁判所などの公的機関が一種の利用者サービスとして助言や支援を行ってもよさそうであるのに、そうしたサービスは十分にはおこなわれているとはみられない。これらの結果、多くの医療過誤被害者が裁判による救済をあきらめ、ほかに頼れる救済手段のないまま泣き寝入りを余儀なくされていると考えることは間違いであろうか?
        
根拠(2)について
 中間報告が弁護士報酬敗訴者負担導入のもう1つの理由として挙げている「濫訴防止」は、現状が濫訴の状態にあるからそれを防止する必要があるという意味であるなら、少なくとも医療過誤訴訟に当てはまらないことは上記の訴訟提起率についての議論から既に明白である。現状は「濫訴」ではなく「少訴」であるとみるべきであろう。もし、現在の医療過誤事件の原告勝訴率が50%にも満たない低率であることをとらえ、裁判所で認められないような無理な訴訟が半数以上も提起されているから濫訴であるという者があるとすれば、それは上に述べた医療過誤訴訟の原告の置かれた不利な立場を認識していないといわざるを得ない。少なくとも医療訴訟に関する限り、勝訴率の低さは濫訴の結果であるととらえてはなるまい。年間10万件もの医療過誤のケースのうち700件(0.7%)しか提訴されていない現状で敗訴者負担制度を導入したら、医療過誤被害者の法的救済および事実究明を通じて過誤防止・医療改善のインセンティブをもたらす場としての裁判の意義は限りなくゼロに近づくおそれがある。

司法制度を利用しやすくするには
 利用しやすい司法制度を実現するためにいま考えるべきことは、裁判による救済を求める者の経済的負担を少なくするとともに、市民の多様なニーズに応じて裁判以外の法的救済手段の選択肢を広げることであろう。

 具体的には、(a)現行の片面的弁護士費用敗訴者負担慣行維持(あるいは制度としての明文化)、(b)法律扶助のより一層の拡充(貸与から支給へ)、(c)本人訴訟支援センター整備、(d)訴訟費用保険の整備、(e)ADRの整備などであろう。

 このうち、(a)は、医療過誤訴訟で原告が判決で勝訴した場合にのみ原告の弁護士費用の一部を被告に負担させ、敗訴した場合は被告の弁護士費用を負担する必要はないという現行の慣例について、医療過誤訴訟の提訴を検討する際の後押しとなっているかどうかを尋ねた上記アンケート調査では、半数の回答者は多少あるいは強く後押ししていると回答していることから、当面この慣行を存続させることが望ましい。
 (b)は財源の裏づけが必要であり、現在の国家財政の状況を考えると容易ではなかろうが、無駄な歳出を減らすことで財源を確保することが望まれる。
 (c)は、民事裁判は一種の市民サービスであるから、その利用の仕方がわからない国民に手続面でのアドバイスを与えるのは本来当然のことであり、これまで十分になされてこなかったのはおかしいことであるとの認識をもつことが必要であろう。弁護士に依頼することを選択する者は従来通りそうしたらよいし、その費用がない、あるいは弁護士の手を借りずに裁判を起こそうという国民に本人訴訟を起こしやすい環境を整備することは必須のことであろう。
 (d)の訴訟費用保険であるが、現在、医師や医療機関については賠償責任保険がかなり普及しており、訴訟を起こされた場合の弁護士費用もこの保険でカバーされるが、患者側を対象とした訴訟費用保険はほとんど普及しておらず、この面でも患者側に不利な状態になっている。政府がイニシアチブをとって民間活力を利用する形で普及させるべきであろう。
 (e)については医師会の紛争処理委員会などがあるが、運用面で患者側に不利になっており、ドイツなどこの方面の先進国のやり方を参考にしつつ、公平・迅速・低コストの裁判外紛争処理制度をつくり、国民の法的救済のための選択肢を拡大すべきであろう。

 こうした基盤整備がなされた状態で初めて弁護士報酬敗訴者負担制度の導入の是非を国民に問うべきであり、取るべき施策の順序を間違えてはなるまい。

                                   以上



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