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<巻頭言>
医療事故防止部会からのレポート
(1)インスリンの過剰投与−
高田宗明(医師)
2001.9. 9
1.インシデントレポート
2.解説と分析
3.SHELモデル
4.糖尿病専門医からのアドバイス
あるインシデントレポートから、インスリンのインシデント・ケースを取り上げて考えてみたいと思います。このケースは報道された事例ではございませんが、現実には別の薬剤(キシロカイン)で同様のケースが事故として報告されていますので、皆さんは直ぐに危険性を推測できることと思います。
当病棟には、定期的にインスリンを投与している糖尿病の患者さん(複数。A、B、Cと呼ぶ)がいます。朝と夕に医師の指示量を皮下注します。Aさんは朝、20単位、夕10単位。Bさんは朝、16単位、夕8単位。Cさんは朝30単位、夕10単位、です。
4月のある早朝、勤務異動してきて間もない看護婦がインスリン注射を担当しました。薬品庫からインスリンのバイアルを取り出し、いつものごとく注射器に予定量を吸い、患者さんの所へ出かけて注射してきました。
その後、バイアルを薬品庫に戻すときに、「ノボリン30R(40)」と書いたバイアルがあります。自分が持っているインスリンのバイアルには「ノボリン30R(100)」と書かれてありました。
患者さんに、「ノボリン30R(40)」のつもりで、「ノボリン30R(100)」の方を注射してしまいました。急いで、主治医に連絡を取りました。主治医からは、低血糖にならないことを注意深く観察して、低血糖を疑う症状があった場合は直ぐに検査し、ブドウ糖液を注射するように指示がでました。
結果として、Cさんだけ、70mg/dlの軽い低血糖を生じ、ブドウ糖液を注射しましたが、AさんとBさんは低血糖にはなりませんでした。
「ノボリン30R(40)」は1ccが40単位、「ノボリン30R(100)」は1ccが100単位です。従って、例えば20単位のインスリンを投与する場合、前者の薬剤だと0.5cc、後者の薬剤だと0.2ccを用います。
この看護婦が使った注射器は「ノボリン30R(40)」皮下注用の専用注射器でした。この専用注射器は、目盛りが cc ではなくて、「ノボリン30R(40)」を吸ったときのノボリンの単位数が書いてあります。例えば、Aさんに20単位を注射しようと考えた場合、0.5cc の所に「20」と記載されているわけです。この注射器を用いて「ノボリン30R(100)」 を、「20」の目盛りまで吸って、患者さんに投与したわけです。「ノボリン30R(100)」では50単位になってしまいます。
この様に、3名の患者さんにインスリンを予定量の2.5倍も投与してしまいました。インスリンは血糖値を下げる働きを持った薬剤です。過剰に投与されると、低血糖を来たします。
SHELモデルでこのインシデントの問題点を検証してみます。
●S:software; システム
4月は移動の時期である。ある程度の経験を持った看護婦だと、新しく配置された部署に慣れていないままに重要な仕事を命ぜられることがある。このケースも、看護婦は皮下注射という作業は慣れていたが、同じインスリンで濃度の違うモノが2種類おいてある病棟は初めてだった。
また、「インスリン・コーナー」として一カ所に集めて並べられていたことも間違えやすい要因と考えられた。
注射の手順として、インスリンを注射器に吸ったあと、バイアルの確認がなされたはずであるが、「ノボリン30R(100)」などという薬の存在そのものが頭にない場合、それを認識できないこともあろう。
●H:hardware; 道具
この病院において、一般の病棟では、「ノボリン30R(40)」しかない。そして、「ノボリン30R(40)」専用の注射器を使っている。すなわち、他の事情を知らない看護婦は、「ノボリン30Rはノボリン30R専用の注射器で使えば良い」と思いこみがちである。
薬品棚における各種インスリンの配置も、間違えない配慮が必要である。その他、間違えやすく、間違えると危険な薬剤に対して、注意を喚起する張り紙などが棚に目立つように記されていれば、間違いの前に気付いたことであろう。
●E:environment; 環境
朝、食事までに患者さんに注射する必要があります。沢山の患者さんがいる場合、同時間での注射を、一人で実施すことは非常に大変なことである。
糖尿病患者さんが多い病棟では、効果の異なるいくつもの種類のインスリンが置かれていることを認識していたが、同等の薬剤が2種類あることまでは気付かなかったようである。
●L:lifeware; 人間
夜勤がもうすぐ終わるという早朝の時間帯。多少、集中力が低下する時でもある。しかし、朝の業務がこの時間帯に集中することも多い。
このケースに関して、ある糖尿病専門医から、インスリン使用と言うことに関して注目したアドバイスを頂きました。上記と共にこのアドバイスを参考にして、各自の病院で予防対策を考える必要がありそうです。
1)根本的対策
病院内のインスリンは、すべて1cc100単位の製剤のみで統一する。
これが世界の標準ですし、根本的対策です。
日本で現在広く使用されているペン型のインスリン製剤がすべて100単位製剤であることから、従来からの注射器用製剤も100単位製剤のみで統一する方向で対策が進んでいます。
2)「対症療法」的対策
ただし下記の対症療法では、どうしても完全にはインシデントを防ぎ切れませんので、なるべく早期に1)を実施することが重要だと思います。
1 医師がインスリン注射を指示する際には、必ず「ノボリン30R(40)6単位皮下注」の
ように、製剤の「濃度」まで含めて具体的に書 くように励行する。
2 インスリンをあまり使わない病棟(看護婦があまりインスリンに慣れていない病棟)
では、40単位製剤だけしか置かないようにする。
3 2種類の濃度のインスリン製剤と注射器を置く場合も、かならず別々の箱に保管し、
大きく両者の違いを表示した紙を貼って、区別を明確にする。
4 100単位製剤は「ペン型製剤(ペンフィル30R等)」のみとし、従来の「注射器用製
剤(ノボリン30R等)」は40単位製剤で統一する。
5 全看護職員に2種類のインスリン製剤に関する教育・啓蒙を定期的に実施する。この
場合、インシデントの事例を提示して具体的に教育することが重要。