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<医療と法関係>
異常死体の届出義務をめぐって
奥村 徹(大阪弁護士会)
2001.7.★
1.異常死体の届け出義務
2.広く解する見解
3.狭く解する見解
4.届け出義務をどう考えるか
5.参考文献
医師法21条に「医師は,死体又は妊娠4カ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定されていいます(罰則:罰金2万円)。これが異状死体の届出義務と言われるものです。
もともとは、死体は重大犯罪の証拠である可能性があり、したがって死体が重要な捜査の端緒であることから警察は死体の発生と死因に重大な関心があるところ、医師は死亡診断に立ち会う機会が多いことから、警察の行政目的のために医師に対して届出義務を課したものと解されます。
人の死亡について捜査機関の関与を求める規定は他にも数多く見受けられ(刑事訴訟法第229条、刑法第192条、軽犯罪法第1条19号、臓器の移植に関する法律第7条等)、医師法の規定もその一環だと考えることができます。
(1)法医学会ガイドライン
どのような場合が「異状」なのかについては、法医学会のガイドライン(法医学会のホームページhttp://web.sapmed.ac.jp/JSLM/guideline.html)にはこのように記されています。ガイドラインとしてまとめられたものとしては唯一のものです。同法の趣旨についても詳しく説明されています。
医師法21条に「医師は,死体又は妊娠4カ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定されている.これは,明治時代の医師法にほとんど同文の規定がなされて以来,第2次大戦中の国民医療法をへて現在の医師法に至るまで,そのまま踏襲されてきている条文である.立法の当初の趣旨はおそらく犯罪の発見と公安の維持を目的としたものであったと考えられる.
しかし社会生活の多様化・複雑化にともない,人権擁護,公衆衛生,衛生行政,社会保障,労災保険,生命保険,その他にかかわる問題が重要とされなければならない現在,異状死の解釈もかなり広義でなければならなくなっている.
基本的には,病気になり診療をうけつつ,診断されているその病気で死亡することが「ふつうの死」であり,これ以外は異状死と考えられる.しかし明確な定義がないため実際にはしばしば異状死の届け出について混乱が生じている.そこでわが国の現状を踏まえ,届け出るべき「異状死」とは何か,具体的ガイドラインとして提示する.
条文からは,生前に診療中であれば該当しないように読み取ることもできるし,その他,解釈上の問題があると思われるが,前記趣旨にかんがみ実務的側面を重視して作成したものである.
【1】外因による死亡(診療の有無,診療の期間を問わない)
【2】外因による傷害の続発症、あるいは後遺障害による死亡
【3】上記【1】または【2】の疑いがあるもの
【4】診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの
注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中,または診療行為の比較的直後における予期しない死亡.
診療行為自体が関与している可能性のある死亡.
診療行為中または比較的直後の急死で,死因が不明の場合.
診療行為の過誤や過失の有無を問わない.
【5】死因が明らかでない死亡
(2)国立大学医学部附属病院長会議の答申
また、国立大学医学部附属病院長会議常置委員会の中間報告(http://www.umin.ac.jp/nuh_open/iryoujiko.htm#19)でも積極的な届出が答申されています。これは近事、医療過誤の発生と、医療機関の隠蔽が度々問題となったため、疑わしい場合は届け出るという方針を明らかにしたものです。
医療事故防止のための安全管理体制の確立について
−「医療事故防止方策の策定に関する作業部会」中間報告−
平成12年5月 国立大学医学部附属病院長会議常置委員会
2) 警察署への届出
医師法により,異状死体については,24時間以内に所轄警察署に届け出ることが義務付けられている。医療事故が原因で患者が死亡した可能性がある場合に,医師法の規定に従い届出を行わなければならないか否かについて,本作業部会が明確な解釈を提示することはできないが,同法の規定は,司法警察上の便宜を図ることを目的としたものであるとも言われることから,医療行為について刑事責任を問われる可能性があるような場合(注2)は,速やかに届け出ることが望ましいと考える。
判断に迷うような場合であっても,できるだけ透明性の高い対応を行うという観点から,先ずは速やかに警察署に連絡することが望ましいと考える。
注2)医療行為について刑事責任を問われる可能性がある場合は,一般に,@患者が死亡
するなど結果が重大であって,A医療水準から見て著しい誤診や初歩的ミスが存在す
る場合であると言われている。なお,患者が既に末期的な状況にあり,当該医療事故
は,その死期を早めたに過ぎないと考えられるような場合でも,そのことで法的に免
責されるわけではないとされる。
このように、「異状死体」の解釈については、なるべく広く解釈するというのが従来からの大勢です。
このような動きに対して、最近、医学関係の団体からは異議を唱えるような見解も発表され初めています。
(1)日本外科学会
日本外科学会「診療に関連した『異状死』について」
http://www2.convention.co.jp/jss2001/downloads/Daily_Bulletin_1.pdf
このような外科手術の本質を考慮すれば、説明が十分になされた上で同意を得て行われた外科手術の結果として、予期された合併症に伴う患者死亡が発生した場合でも、これが刑事事件としての違法性を疑われるような事件となるとは到底考えることができない。
したがって、このような外科手術の結果として発生した患者死亡は、医師法第21条により担当医師に所轄警察署への届出義務の生じる異状死であると考えることはできない。
(2)四病院団体協議会
四病院団体協議会の医療安全対策委員会中間報告書
「日本法医学会「異状死ガイドライン」の根拠に対し警察への届出について」
http://www.ajha.or.jp/about_us/activity/ob_2_1/index.html
医療においては予測不可能な事態が高い確率で起こり得るものである。日本法医学会のガイドラインでは、診断されている病気での予期された死亡を「ふつうの死」とし、それ以外の死は全て「異状死」としているが、これでは予期されない、あるいは診断が明確でない全ての場合が含まれてしまい、医療の実態に対応していない。医師法21条のごとく罰則規定のある条項の「異状死」を拡大解釈して、外因死や重大な過失による死亡を越えて、「ふつうの死」以外の全てに適応することは、臨床的には適さないと考える。また、病理解剖における死体の問題と、検死の結果事件性が高いとして司法解剖した死体の問題は別である。さらに異状死ガイドラインは、死亡事例のみを対象としており医療事故に十分に対応していない。異状死ガイドラインを作成した法医学会が医学会を必ずしも代表しているわけではなく、一学会の見解であるという手続き上の問題も有している。
医師法21条のような罰則規定のある条項の「異状死」を拡大解釈して、「ふつうの死」 以外全てに適応することは、臨床的に適さないと考える。今後、日本外科学会、日本内科学会、日本病理学会等の最終的な見解を踏まえ、日本法医学会にこの4 項目について再考をうながし、現状にそぐわない点を反論しておくべきであり、臨床医の立場でのガイドラインが必要である。
しかし、すでに見たように、死体について犯罪性の有無についての判断は第一次的かつ一元的に捜査機関にあるというのが従来からの刑事法の建て前であることは明かです。
届出義務について医師の裁量を広く認めることは、すべての医師に一定の捜査の能力と権限があることを前提にすることになり、犯罪捜査に関する法律にも反します。また、医学の専門家である医師に犯罪捜査をさせるという無理をしいることになります。
さらに、医師の裁量を広く認めると、関係者に刑事責任がない場合には届け出るが、関係者に刑事責任が生じるおそれがあるときは届け出ないという、極めて医療機関に都合のいい結果となります。
したがって、最近の「異状死体」を限定的に解釈しようとする動きには、法解釈上は無理があると言えます。
MI-NETでも上記の動きに対して警戒する見解を出しています。
「異状死と届出義務について」
http://www.mi-net.org/ma/ijoushi_0105.htm
もとより、医師法21条は、医療機関ないし警察が、医療過誤が発生した事実を公表するという規定ではありませんが、医療過誤が医療機関という密室で処理されており、発覚することすら希であるという現状に鑑みると、医療過誤による死亡の場合が「異状死体」として届けられれば、警察の関与をきっかけにして、患者・被害者にとっても原因の究明や医療機関の責任追及を開始する重要な端緒となるという意味では大事な制度です。
また、医療過誤の発生を報告する制度として機能するものは、現状では他に見あたりません。
ですから、患者・被害者にとっては、「異状死体」の解釈は広いほうがいいと言えます。
また、責任の有無はともかく、医療過誤の発生が公にならなければ、その防止対策も進むはずがありませんから、将来の医療過誤防止の面からも、医療過誤の発生は積極的に報告させる必要があります。
このように、法的な面から考えても、実質的に考えても、医師法21条の「届出義務」は従来通りに広く解釈すべきです。医師は、迷ったら届出ておくという意識を持つ必要があると思います。
不幸にして亡くなった患者さんの御遺族も、異状死ガイドラインに照らして死因に不審があれば「念のために警察に届け出てください」と促すことも意義があると思います。
なお、死亡診断書に関する書籍として下記のものが書店で入手可能です。上記のガイドラインと同旨の記載があります。特に、『死亡診断書・出生証明書・死産証書記入マニュアル』は厚生省の編集によるものですから公的見解です。
『事例による死亡診断書・死体検案書記載のてびき』
高取健彦 医歯薬出版 1997年11月
ISBNコードISBN4-263-20972-9, 96p 本体価格2,800円
『死亡診断書(死体検案書)作成マニュアル』
吉村昌雄 東京法令出版 1995/02
22cm 331p 価格:4,175円(税別)
『死亡診断書・出生証明書・死産証書記入マニュアル』平成7年版
厚生統計協会 1995/02 ISBN:4875110855
26cm 285p 価格2,000円(税別)
『死亡診断書・死産証書・出生証明書の書き方/疾病,傷害および死因統計分類の
概要』1979年版(第9回修正)(第2版 )
厚生統計協会 1984/11 ISBN:487511043X
231p 価格:583円(税別)