webzine 医療改善のために
第3号(2001年12月9日発行)
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<MIネットの現在>

MIネットに期待すること   

永井 裕之(医療事故被害者家族)
(2001.12.2)  

――医療の質向上に挑戦する火種になろう!!――

 もうすぐ、また新しい年を迎える頃になり改めて月日が過ぎ去る速さを感じるこの頃です。今年の年賀状で『新年とともに還暦をむかえ定年になりますので、気分を新たにし、「デジタル放送事業の基盤確立」にむけた支援活動と「医療過誤の減少」への一助に微力を尽くしていくつもりです。』というメッセージを発信しました。

 この1年、自らの体験を通じた「医療事故の遺族の思い」や「医療過誤の減少に向けた提言」を、裁判の場やシンポジウムなどで、出来る限りの発言をしてきました。

 このたび、杉野さん@東京の誘いを受けてMIネットのメンバーに加わらさせていただきました。よろしくお願いいたします。

 平成11年2月11日、都立広尾病院での点滴ミスにより、妻、悦子は無念さを家族に言い残す余裕もなく、急逝しました。前日の2月10日、手術が無事に終わり、「これで楽になるわ」「この看護婦さんたちは皆良い人よ」などといったうれしそうな悦子の声はもう聞くことが出来ません。

 看護婦さんらの証言で知りましたが、悦子が最後に発した『何だか、これ(へパロック)をしたら気持ちが悪くなってきた』『胸が苦しい』『手もしびれてきた』などという言葉、切ない訴えを、裁判に立ち会う時、また陳述書を作成している時など、いつも思いだされ、「あの日」にリセットされています。「あの日」から今日まで、いつまでも心の安らぎがない日々を送っています。

 何故ならば、私と悦子の妹と二人で立ち会った唯一の出来事である『死亡確認時刻と立会人』(真実)が、当日の主治医らと看護婦らの『口裏合わせ』の「虚偽の時刻と立会人」証言により、都の調査委員会、刑事裁判でも「虚偽」が「真実」になり、「真の真実」は「永井さんが動転していたから、間違っているのでしょう。」ということになっている状態です。悦子が信頼していた筈の看護婦さんらさえも『口裏合わせ』をし、この事件にかかわった医療関係者らが刑事公判で自らの検察調書をも否定する証言などを聞き、存在もしなかった言動を平然と書き加えた陳述書を読むとき、彼らの倫理観・責任感・見識などの人間性に大変な失望と疑問を抱きました。

 被害者・遺族の願いは、起こってしまった医療事故に対して医療従事者、医療機関が次の4事項をその順番で、納得できるような結論を出すことによってのみ、被害者・遺族は早く心を癒せすことが出来ることを認識、理解して取り組むことです。

しかし、ほとんどの場合、最初から「作られた真実」「付け加えられた弁解」などにより真相解明が不充分か、全くなされないのです。

 「くさいもの」には早く「ふた」をしたいという不誠実な姿勢により、医療事故の被害者・遺族はいつまでも心が癒されないのです。そのような誠意がない対応が家庭崩壊の危惧にまでいたるような『二次的災害』を作っていることを当事者の医療従事者らは分かっておらず、彼らの言動が更なる心の大きな傷となって残っていくのです。

  鎌田先生の著書『がんばらない』で「もっと良い方法があったのではないかという後悔の連続であった。・・・・・クオリティの高い医療、丁寧な医療、あたたかい医療を続けることはとてもむずかしいことだった。」とあり、また、「患者、家族、地域の立場に立って考え、行動する医療を目指し・・・。」とあります。このことは医療の質向上においては勿論のこと、医療過誤の減少に挑戦する時にも、医療従事者の限りなく求めつづけるべき目標であると思います。

 そして、不幸にして発生した医療事故・過誤に対して、医療従事者が自らを反省し、医療事故の減少に向けた改革を少しでも前進させる人々が、少しずつでも増えていって欲しいと願っています。そのためには、先ずは現状を否定して、更なる向上に挑戦する意識をもって個人個人が「改革の火種」を灯すことだと考えます。

意識改革・行動改革は簡単にできないことを先ず認識する必要があります。

1. 意識の改革

2. 行動の改革

そして、新たな挑戦は「熱意と柔軟性」を強く打ち出し、自らの火種を大きな炎にしていく人達の集合によってのみ目標に近づいていくのです。

 [熱意]は改革への信念を示しながら、[組織の駒]ではなく、自らが旋風を起こす「暴れ駒」になって、流れの渦を湧き起こす意欲であり、また[柔軟性]は新たな意見などに素直に耳を傾け、自己の羅針盤をしっかりと持って軌道修正するために大切な要素・人間性であると思います。

 MIネットに参画するそれぞれの立場のメンバーが「医療の質向上、医療事故の減少」のために、「熱意と柔軟性」を十分発揮した言動と活動の場作りに力を尽くすことを期待し、私自らも「改革の火種」となり微力を尽くしていくつもりです。