注射のさいの物理的刺激と薬剤による筋肉組織の破壊によって外形の変化や運動機能に障害がもたらされる医療被害。1973年に山梨県での集団発生で問題化した。
注射された場所によって、大腿四頭筋短縮(拘縮)症(太もも)、三角筋短縮症(肩)、上腕三頭筋短縮症(腕)、殿筋短縮症(尻)などの種類がある。
風邪などで来院した子どもに効果あるいは必要のない抗生物質や解熱剤を頻繁に注射したことが原因であり、製薬企業と医師の人権を無視した姿勢が底流にある。
1973年に福島県で最初の提訴、以後東京地裁、名古屋地裁などで提訴が続く。
1946年 森崎直木東大教授(当時)大腿四頭筋短縮症の症例報告
(1947年にはすでに注射が原因と推定されていた)
1962年 静岡県伊東市で発生、泉田病と呼ばれる。
1969年 福井県今立町で多発し、今立病と呼ばれる。
1973.夏 山梨県南巨摩郡鰍沢町・増穂町で足の不自由な児童の多発が問題化
1973.10.6 朝日新聞・産経新聞等で報道、「幼児23人が奇病−歩行困難/カゼの注射が原因か」(朝日)
1973.10.8 甲府市の県立中央病院で集団検診
1973.11.22 東大医学部高橋晄正講師が地区労主催の公害学習会に来訪のおり、調査を約束
1973.12 山梨県で自主検診運動始まる。
1974.5.26 筋短縮症の子どもを守る全国連絡協議会を結成
1974..8.25 全国自主検診医師団結成
1983.3.30 白河筋短縮症訴訟第一審判決
1985.3.27 山梨筋短縮症訴訟第一審判決
1985.5.28 名古屋筋短縮症訴訟第一審判決
資料A 『筋短縮症』の記述p.57からの引用
……外傷や、筋炎等の病歴のない本症の原因が、注射によるものであることが、当時専門学会では、ほぽ定説化されていた……。
ところが、原因が明らかとなりはじめると、医療過誤の問題に発展する可能性を恐れたのか整形外科医のあいだでは、「小児科医が介在しており、整形外科医の発言は医療過誤の問題とも関連するので慎重でなければならない」第37回中部日本整形外科災害外科学会、昭和46年2月)という風潮が強くなりはじめた。注射を繁用していた小児科、産科、内科医などへの配慮が、原因公表を控えることとなり、さらに多くの不幸な被害児を作り、また多くの医師を加害者に仕立ててしまったのである。医療の極致である予防対策が十分講じられえたにもかかわらず、これをあえて行なわず、”小児科医が作り、整形外科医は切ればよい”という、結果的に見れば、手術の研究材料を他の医師に産生させていたというような、医療対象の人権無視が行なわれてきたのである。また、原因公表をおさえた結果、各地で集団被害が続発し、さらに整形外科医のあいだでも注射原因に対する認識が欠如し、整形外科医の注射で筋短縮症が作られた症例も続出している。
以上述べた事実は、いったい「医療はだれのために、また学会とは国民にとって何であるのか」という医療、医学の存立にかかわる根本問題を提起しているのである。
資料B 「大腿四頭筋拘縮症児の誕生年度別頻度と注射液年度別生産高の
平衡性(自主検診医師団) 『注射の功罪』p.24