サリドマイド被害

財団法人いしずえについて


事件の概要

サリドマイドの開発から訴訟まで

(以上、宮本真左彦『サリドマイド禍の人々』巻末年表他を参照)

サリドマイドの被害

 (以下の資料は、(財)いしずえ発行資料から転載しました。)

 日本におけるサリドマイド被害者の出生年と男女別

生年
1959
6
6
12
1960
16
9
25
1961
34
24
58
1962
88
74
162
1963
24
23
47
1964
2
2
4
1969
1
0
1
171
138
309

 日本におけるサリドマイド被害者の障害の種類と内訳

 サリドマイド製剤による障害は主に四肢の欠損症と耳の障害です。(()内は障害が重複する人数)

上肢が非常に不自由な人
30人(2人)
上肢が不自由な人
88人(6人)
前腕が不自由な人
72人(5人)
手指が不自由な人
56人(6人)
計 
246人(19人)
耳が全く聞こえない人
46人(5人)
耳の聞こえが悪い人
36人(14人)
82人(19人)

サリドマイド事件の問題点

  1. 1961年11月18日 ハンブルク大学のW・レンツが小児科学会で「あざらし状奇形児(フォコメリア)」の原因がサリドマイド剤にあると発表、当時各地で誕生していた四肢奇形児とサリドマイド剤の関係が明確に指摘された。
     レンツ氏、西ドイツの販売メーカーであるグリュネンタール社に警告したが拒否された。
  2. 11月26日、西独の「ヴェルト・アム・ゾンダーク」紙がグリュネンタール社のサリドマイド剤「コルテガン」を名指しで報道、同社は間もなく「コルテガン」を市場から回収し、ヨーロッパ各地のサリドマイド剤も次々に回収されていった。
  3. 12月5日、グリュネンタール社の勧告が大日本製薬にとどき、翌日厚生省と大日本製薬がレンツ報告について協議、ところが「有用な薬品を回収すれば社会不安を起こす」として販売続行を決定。
  4. 1962年2月21日、厚生省は亜細亜製薬のサリドマイド剤「パングル」に製造許可を付与。
  5. 2月22日、「タイム」紙がサリドマイド被害の記事を掲載する。
  6. 3月および4月? 製造販売をやめない大日本製薬に対してグリュネンタール社が警告。
  7. 5月18日、朝日新聞が西独のについてのボン支局の報告を報道した。その後日本のジャーナリズムが一斉に動き出したため、「報道による混乱を防ぐため」として、サリドマイド剤を販売していた製薬各社が出荷停止を厚生省に申しいれた。既に出荷された在庫品はそのまま薬局で売られていた。
  8. 1962年9月13日 製品が回収されたが、回収措置は十分でなく、その後も店頭で入手できた。


yakugai-info@mi-net.org