(文責:栗岡 幹英 1999.12.12)
戦後社会薬学研究を切り開いてきた高野哲夫の代表的著作である。基本的には、対米従属の日本資本主義、具体的には政府・厚生省と製薬企業が、国民を犠牲にして経済発展を図った結果が薬害の多発であるという、正統派マルクス主義的な立場で薬害を理解しようとする。これを端的に表現するのは、「資本の論理」というロジックである。
「4-2健康破壊の現状」では、日本の政治・経済のあり方に薬害の原因があることを、以下のように主張する。
「1.公害による環境悪化、2.合理化による労災・職業病の増大、3.モータリゼーションと交通災害、「このような状況が、人々を必要以上に医療機関の門を叩かせ、薬を乗じ服用するというバックグラウンドを形成する。しかも、公害物質をはじめとする環境科学物質もまた、薬と時には相互作用し、薬害発生の基盤を増強し、拡大する結果をもたらしている。/これら三つの社会的要因を除去するならば、今日あるところの健康被害の過半がなくなり、薬害問題のかなりの部分は問題にもならなくなるであろう。公害をマキ散らし(ママ)、労災・職業病の発生を放置し、交通事故を個人の責任に帰してひたすら経済大国の道をつき進み、あげくのはてはエコノミックアニマルの、ドル減らせのと諸外国から追及され、あわてて不要不急の買い物をする様は、あまりにも日本国民を踏みつけにした行為ではなかろうか。/薬害問題の根深さは、このようなわが国の政治、経済のありようと密接にかかわりあっているといえよう。」268頁
したがって、高野にとっては、製薬企業の資本主義的な利益追求が最終的な問題になる。「4-3製薬企業と資本の論理」では、(1)製薬企業の位置と(2)高度成長の戦略戦術で、次のように製薬企業の逸脱行動を追求する。
高度成長期の強蓄積期に「製薬上位12社の売上げは、1970年には1955年の12.4倍、純益は、22.9倍の驚異的成長を遂げ」た。「この強蓄積は、新聞、雑誌、ラジオ・テレビなどあらゆるマスメディアを駆使し、薬局には懸賞販売、抱きあわせ販売、医療機関には健康保険制度の矛盾を最大限に活用し、プロパーという名の宣伝販売員によって、リベート、接待、学会援助、研究費補助、試供品添付などあらゆる手だてを使って達成されたものである。」270-1頁
「大量生産=大量消費こそは資本の論理の教えるところである。……大量生産=大量消費を保障する手段として製薬企業のとった方法は、『適応の拡大』、『薬の日常化(長期連用)』、『大量療法』であった。この三つを柱に、抗生物質、ビタミン剤、かぜ薬、胃腸薬、精神安定剤に焦点をしぼり、徹底したマーケティングに専念する。」272頁
「製薬企業は以上の三つの柱を基本に、薬局にたいしては再販売価格維持制度を、医療機関に対しては薬価基準や銘柄別収載によって独占的な高薬価を維持し、高利潤を確保してきたわけである。薬害多発によって一般薬の売れ行きが頭打ちになるや、販売対象の重点を医療機関に移し、……保険に通るか通らないかを基準に使用を促進するにいたっている。」275頁
高野の批判の目は、日本の製薬企業の基盤の弱さにも向けられる。(3)広告費と研究費では、次のように企業としての特殊性を指摘する。
「……わが国では、1973年という研究費が増額された年度でさえ、むしろ(研究投資率と利益率は)負の送還を示し、研究投資が利潤に結びつかず、他の要因によって利潤をあげている……。医薬品のように、たえず、新しい、より有効で安全性の高い製品の開発が至上命令となっている産業において、研究投資が、利益に結びつかないというのは、あまりに異常である。」275-6
したがって、高野にとって「薬害の多発は、こうした(乱用を助長するような広告および添付書による医師・薬剤師への不正確な情報の提供というような)製薬業者の利潤追求から発した情報隠しと、虚偽の情報提供にもとづいて人為的に作り出されたものであると考えざるをえない。」
以上のような立場から、高野は「5.結論と今後の方向、5-1薬害発生の構造」では、日本の薬害を生み出す資本主義的構造を次のように分析する。すなわち、日本の製薬企業は、高度成長期の資本による労働者の収奪が健康被害としても表れたことを利用し、自らの資本主義的企業としての成長の糧としたのである。
「高度経済成長政策は、安保体制下の日本経済の方向を定めたものと言えるが、一面ではわが国の安価で高度な労働力を利用して、日本列島を一大重化学工場と化し、アメリカに本拠を置く国際資本の収奪の場とすることであった。/このことは、合理化による労働強化によって発生した年間130万人にのぼる労災・職業病の発生、石油資本、自動車資本の要請のもとに打ち出されたモータリゼイションによって発生した年間60万人にのぼる交通事故、大気、水、土壌の汚染による公害病(認定されただけでも7万人を越す)、都市生活でのストレス等、広範な健康破壊が進んでいる事実が何よりも証明している。つまりみずからの国民の健康を犠牲に、しゃにむにつき進んだ高度成長であった。そしてこの広範な健康破壊こそが、薬の需要を支える広大な市場を提供することになる。」305
高野は、このような薬害発生の構造は、アメリカによる対日支配に起源をもつという。高野にとって、このこのアメリカによる対日支配のもとで、日本の製薬企業と厚生省が癒着して国民を収奪したのである。
「……アメリカの対日支配は、高度成長政策を通して広範な健康破壊という医薬品需要の基盤を広げ、生の商人としてわが国医薬品産業を支配し、イデオロギーを通して大量生産=大量消費の風潮を作りあげるという三つの方向から行われ、薬害発生の遠因を作り出した……」
「製薬企業の行きすぎや、医療のあり方をチェックし、国民の生命・健康を守る役割をになっているのが厚生行政である。しかしながら、配線直後の保護行政に加え、業界に対する天下りという人脈を通して、製薬大手との癒着とも言うべき関係が形成されている。医療費における薬価の決め方や、薬害問題に対する抜本的対策の必要性が指摘されながら、スモン訴訟東京地裁判決において」『無為無策の薬餌行政であった』と断じせしめたように、何もやらないどころか、大日本や、武田、田辺などと手を携え、原告被害者と争ったことは、その癒着の構造が以下に深いかをもの語っている。」308
高野の一連の著作は、薬害の社会的背景を見いだそうとする点で一時代を作り上げる薬害研究であった。その、製薬企業・厚生省の一体となった資本主義的な労働者国民の収奪に見いだすという論理は、他の社会科学と同様に正統派マルクス主義の色彩を強く帯びていたということができる。今日の社会科学の水準からして、最終的に「資本の論理」というマジック・タームに説明を依存するその論理は十分ではないが、薬害の社会科学的研究の先鞭を付けたその功績は大きかったというべきである。 (文責・栗岡 幹英)