◎概要
◎文献
訴月25巻1号13頁、判時899号48頁、判タ365号99頁 沢井裕・法時50巻10号77頁・51巻2号61頁、畑山実・法時50巻10号156頁、下山瑛二・ジュリ674号50頁、原田尚彦・ジュリ臨増693号41頁、淡路剛久・別冊ジュリ140号66頁
昭和53年8月3日 東京地方裁判所民事第34部
裁判長裁判官 可部恒雄
裁判官 荒井眞治
裁判官 鎌田義勝
井上ウイルスの分離・検出、継代化等については、多数の報告により否定されており、一般的な追試可能性が認められない。いま、その存在を仮定するとしても、被告田辺の主張のごとく高率に分離されるとすれば、相当の感染率をもって広範囲に伝播(でんぱ)されて行くはずであるのに、何故スモンはわが国においてのみ多発し、わが国と交通・往来のひんぱんな諸外国では流行しなかったのか。
「外国スモン」の問題は、キノホルム説に対するよりもウイルス説に対して、はるかによく妥当する。また、ウイルス感染に対するいかなる対策も講ぜられていないのに、昭和四十五年九月以降スモン患者の発生が劇的な形で急減し、ついに終息を見るに至ったのは何故か。感染説によっては論理的に説明され得ない、スモンの病理学的特徴が、代謝障害、中毒、欠乏状態のカテゴリーに分類さるべきものであること、スロー・ウイルス・インフェクションについても、その病変の分布は、スモンのそれに比しはるかにランダムであること等からすれば、ウイルス説はスモンの病理に著しく矛盾するものというほかはない。
ウイルス説を支持する動物実験報告は、特定のマウスに限られ、犬、ネコ、ウサギを含む他の動物種について、肯定の報告例がないのは何故か。カニクイザルやチンパンジーについて、病変の発現自体が認められないのは何故か。要するに、感染説では説明され得ないスモンの疫学・臨床・病理所見からして、ウイルス説はとうてい採用し得ないのである。
井上らによるウイルス説の提唱後六年余、原告らによる本訴提起後五年余を経た昭和五十一年十月、被告田辺がにわかにウイルス説を主張するに至るまで、被告国や関係製薬会社のうち、その一者として、ウイルス説を採る者のなかったことが想起されてよいであろう。
疫学面での調査・検討の結果認められるスモンとキノホルムとの間の高度の関連性は、キ剤投与実験動物とヒトのスモンとの臨床・病理の両面における極めて高い類似性、さらには発症機序に関する実験によって、より一層緊密の度を加えるに至ったのであって、キノホルムとスモンとの間の因果関係は、優にこれを認めることができる。
スモンの病因はキノホルムであり、これと並存する(わが国に特有の)他の何らかの原因物質に起因するものではない。ウイルスを含めて他の病因は、本件全立証を通じて認められない。すなわち、キノホルムがスモンの唯一の原因物質として認められるのであり、スモンがわが国において多発したのは、一に長期大量投与による。
そして、薬剤の長期大量投与という「社会的要因」がわが国においてスモンの多発を招来したことは、わが国の医療制度の在り方に深い反省を迫るものといわなければならない。
被告会社らは、グラビッツ、バロスらによる副作用報告、デービッド警告、キノホルムおよび類縁化合物の動物への投与実験報告等から、キ剤の投与による神経障害の発生が予測可能であったもので、本件キノホルム製剤につき、最初に製造の許可を受けた昭和三十一年一月以降、製造販売を開始するにあたり、少なくとも、能書の記載、医師へのダイレクト・メール、プロパーが医師を個別に訪問した際の口頭での伝達あるいはマスコミなどの手段を通じて、キ剤の適応症をアメーバ赤痢に限定するとともに、バロスらによる両下肢の知覚・運動障害の認められた二症例を公表し(一日の投薬量、投与期間の制限およびそれ以上服用すればパロスらの報告例に見られるような神経障害を生ずる惧れがある旨を明示し)、併せて右適応症以外の疾病の治療のための内用に供してはならない旨、また、もし右神経障害の徴表が発現したときは直ちに投薬を中止すべき旨の指示・警告をなすことを要し、かかる指示・警告付きでのみその製造販売が許され得たものといわなければならない。
しかるに、被告会社らは、何らかかる措置を講じなかったばかりでなく、かえって、おびただしい数の適応症を掲げ、さらには各社いずれも、その安全性を強調しつつ、戦後の高度経済成長の波に乗り、通常商品におけると同様、大量販売、大量消費の風潮を助長したものであって、被告会社らの結果回避義務違反は、昭和三十一年一月の本件キ剤製造開始時においてすでに明らかであったばかりでなく、その後、年を経るとともに、いよいよその度を深くしたものといわなければならない。
1.新憲法下に登場した昭和二十三年薬事法はもちろん、これを全面的に改正した昭和三十五年薬事法においても、製造等の承認にあたっての審査基準審査手続き、審査機関ないしは承認後の追跡調査制度、承認の撤回等、医薬品の安全性確保のための具体的諸規定が見事なまでに欠落しているのであって、行政警察法規としての「薬事法の性格およびその規定全体との関係」から見て、実定法上、承認権者たる厚生大臣に医薬品の安全性確保を法的義務として課する根拠を見出し得ない。
しかしながら、昭和三十五年法の施行後、間もなく発生したサリドマイド事件により、医薬品の安全性の確保がわが国を含めて全世界の緊急課題となり、厚生当局も、かかる新たな行政需要と実定法との乖離(かいり)の中で、医薬品の品目ごとの承認という「授益的行政行為」を明文の規定なくして取り消し得るという有権解釈を後ろ盾として、医薬品の安全性確保という緊急課題に応えるべく薬務行政を運営し、昭和四十二年九−十月、「医薬品の製造承認等に関する基本方針」を策定するに及んで、医薬品の安全性確保の要請が、新たな法思想として明文化され集大成されて、成文の形で定着するに至り、以後、薬事法は、憲法二二条^職業選択の自由)のみならず二五条(公衆衛生の向上及び増進)の条規をも指導原理とする、医薬品の安全性確保のための法律として解釈適用されることを要する(昭和三十五年法一四条は、以後、安全性確保のための根拠規定として機能することとなる)ところ、前記「基本方針」の内容に照らし、昭和三十五年法の実質的修正は、昭和四十二年十一月一日を基準日として、実現したものと解するのが相当である。
2.本件キノホルム製剤の製造等の許可・承認は、すべて基準事前のものであり、当該処分力しの暇疵が許可・承認の申請手続き上の第三者たる国民との間においても違法となる場合にあたらないので、原告らの主張のうち、右許可・承認それ自体の違法をいう点は採用できない。また、基準時後においても、製造等の承認は、高度に専門技術的な行政行為として自由裁量処分たること疑いをいれず、したがってまた、これに対する取消権の行使も、厚生大臣の自由裁量に委ねられるのを本則とする。
3.製造承認の取り消しを含めて、行政庁の規制権限の行使は、国民(業者)の営業活動の自由に対する行政上の監督権の行使にほかならず、特定業者の営業活動等により第三者に被害を生じたときは、その原因を与えた当該業者に損害賠償の責任が帰属するのを当然とし、行政上の監督権の不行使を理由として、国または地方公共団体が損害賠償責任を問われ得るのは、特殊例外的な場合に限られる。
4.国民の生命・身体・健康に対する毀損(きそん)という結果発生の危険があって、行政庁が規制権限を行使すれば容易に結果の発生を防止することができ、行使しなければ防止できないという関係にあり、行政庁において危険の切迫を知り、または容易に知り得べかりし情況にあって、被害者として規制権限の行使を要請し期待することが社会的に容認され得るような場合には、規制権限を行使するか否かについての裁量権は収縮・後退して、行政庁は権限の行使を義務づけられ、その不行使は作為義務違反として違法となる。
5.本件において、戦前におけるキノホルムの劇薬指定の解除につき、何ら説明らしい説明もなく、戦後における第六改正薬局方の公布施行につき、キノホルムはいったん削除と決定されながら結局は収載されているが、その経緯についても何ら説明が与えられていないこと、昭和三〇年代におけるキ剤の大量投与は、被告製薬会社のみならず、監督官庁たる厚生大臣においても予測可能であったこと、キノホルムおよび類縁化合物の副作用報告等の堆積により、厚生大臣としても、キ剤の投与による神経障害の発生が予測可能であったこと等に徴し、前記基準時において、厚生大臣は、キ剤の適応症をアメーバ赤痢に限定し、いわゆる胃腸薬、止瀉剤、整腸剤としてのキ剤の製造・輸入につき、その承認取消権の分量的一部としての一時停止の規制権を行使すべき義務があったものというべく、この点において、厚生大臣には規制権限不行使の違法があり、かつ、以上の諸事実に照らして過失を免れないものと認められる。被告国(内務省、厚生省)がわが国におけるキノホルムの製造者開発者であった事実からすれば、ことキノホルムに関するかぎり、かかる結論も決して難きを強いるものではない。
6.医薬品の欠陥により服用者に被害が生じたときは、因って生じた損害を賠償すべき義務の全部が製造(輸入)者に帰属するのを当然とし、一定の場合に販売者が共同責任を負うことのあるのは格別、国または地方公共団体は、これら業者と共同不法行為者の関係に立つものではない。厚生大臣の製造承認が、製薬会社の行為に対する免罪符とならないことはもちろんであって、厚生大臣の関与のいかんにかかわらず、製薬全社は当然独自に責任を負うのであり、その認識なくしては、今後の薬害防止もまたあり得ないことが銘記されなければならない。
7.国の責任の範囲については、行政上の監督権の性質一その他諸般の事情にかんがみ、被告国は、加害行為者たる被告会社らに認められる全部義務の三分の一の範囲において、これと不真正連帯の関係に立つ損害賠償義務を負担するものと解される。
8、基準時則の発症原告については、基準時以後の服用により、その症状に決定的増悪を見た者を除き、被告国の損害賠償義務は認められないが、国自身の調査によっても、スモン患者の発生数が一万一千名の多きに上るというのは、実定法規の体裁いかんにかかわらず、「公衆衛生の向上及び増進」(厚生省設置法四条一項)の目的に照らし、むしろ厚生省の存在理由にかかわるものというべきであろう。しかも、基準事前に発症した患者は、基準時後の発症者に比し、より長期にわたる罹患(りかん)に苦しんだ者であって、その救済の必要はかえってまさりこそすれ、劣ることはないのである。本件口頭弁論の終結前、被告国は、自らに「民事責任なし」としつつ、さきに当裁判所の提示した和解案を受諾したが、その趣旨は、正しく、右の行政責任の重大性と患者救済の必要性とを認めたことにあるものと解されるのである。
判決 当事者の表示
主文 認容金額一覧表
第一節 当事者双方の求めた裁判
第二節 請求の原因
第三節 請求原因の認否および被告らの主張
第四節 被告らの主張に対する原告らの答弁
第五節 証拠
原告の個別主張綴
第一章 本件審理の概要
第二章 被告らの認否その他について
第一章 スモンの沿革と臨床
第一節 スモンの沿革と調査研究の概要
第二節 スモンの臨床
別紙「スモンの臨床診断指針」他、診断基準
第二章スモンの病理
第一節 小川・提らによる岡山地方におけるスモン剖検例の病理的観察
第二節 豊倉による病理的考察
第三節 白木・小田によるスモンの病理的考察
第四節 松山らによる電子顕微鏡的研究
第五節 協議会の昭和四六年度研究報告(昭和四七・三・二二)
第三章 スモンと他疾患との異同
第四章 スモンの疫学
第一節 因果関係認定における疫学的手法
第二節 キノホルムのスモン発症に対する先行因子性
第三節 キ剤服用とスモン発症との関連性
第四節 キノホルム原因説が従来の医学理論と矛盾しないこと
第五節 量と反応の関係
第六節 疫学的因果関係認定におけるその他の問題点
第七節 疫学的関連性についての判断
第五章 キノホルム投与動物とスモンの類似性
−動物へのキノホルム投与実験とその臨床・病理−
第一節 大月・立石らによる実験
第二節 椿による実験
第三節 江頭による実験
第四節 高橋(理)らによる猿への投与実験
第五節 豊倉らによる家兎への投与実験
第六節 わが国における動物実験に対するヘスの批判の当否
第七節 動物への連続投与実験で神経毒性が発現しなかった旨の報告例
第八節 ハンチントン研究所における肯定例と前節の否定例に対する評価
第九節 キノホルム中毒動物に見られる臨床・病理所見とスモンのそれとの相関性
第六章 発症機序に関する実験とその評価
第一節 吸収・分布・代謝・排泄に関する動物実験
第二節 田村らによるスモン患者試料からのキノホルムの検出
第三節 田村らによる各種動物とヒトにおける血中濃度差に関する実験
第四節 キノホルムの毒性に関するin vitro(試験管内)の実験
第五節 わが国における発症機序に関する実験に対するケバリーの批判の当否
第六節 標識キノホルムを用いての吸収・分布等に関する動物実験の評価
−キノホルムの分布と病理所見との関連性−
第七節 田村らによる実験、豊倉らによるin vitro実験の評価
第七章 ウイルスに関する研究
第一節 肯定例
第二節 井上ウイルスに対する追試および批判
第三節 井上ウイルスの病原性に関する判断
第八章 スモンのキノホルム起因性−一般的因果関係についての結論−
第一章 被告製薬会社らの責任
第一節 序説
第二節 結果回避義務を負わせるに必要な予見可能性の範囲および程度を画する際の判断基準
第三節 被告製薬会社らの本件キ剤製造開始時における結果回避義務に関する判断
第四節 被告製薬会社らの本件キ剤製造開始時における動物実験義務
第五節 治験例等の安全確認資科としての価値
第六節 医師の投薬行為の介在および国(厚生大臣)の関与と被告製薬会社の責任
第七節 被告武田の責任
第二章 被告国の責任
第一節 反射的利益論について
第二節 薬事法の沿革
第三節 現行薬事法の規定と立法趣旨
第四節 国とキノホルムとの関りあい
第五節 昭和四二年一一月一日段階において厚生大臣のとるべき措置
添付 「副作用文献等綴」
「臨床治験例綴」
第一章 個別的因果関係
第二章 損害額の算定にあたり考慮すべき事情
第一節 スモンの被害の特質
第二節 損害額の算定基準
第三節個別損害の認定
第三章 一部原告の拡張請求について
第一節 被告田辺の不当抗争について
第二節 介護費用の請求について
第四章 結 論
個別認定綴