◎裁判所・判決年月日 東京地裁昭和59年5月18日判決
◎事件名 予防接種ワクチン禍集団訴訟
◎要旨(事実と判旨の概要)
予防接種法(昭和五一年改正前)の規定または国の行政指導に基づき自治体が勧奨した予防接種(インフルエンザワクチン、種痘、ポリオ生ワクチン、百日咳ワクチン、日本脳炎ワクチン、腸チフス・パラチフスワクチン、百日咳・ジフテリア二種混合ワクチン、百日咳・ジフテリア・破傷風三種混合ワクチン等)を受けた結果、副作用により障害または死亡するに至った被害児とその両親らが原告(被害児62名中訴提起前の死亡被害児を除く36名、その両親らの家族124名、合計160名)となり、民法上の債務不履行責任、国家賠償法上の責任または憲法上の損失補償責任を追及するとして、国を被告として損害賠償請求訴訟を昭和47年3月から六次にわたって提起した。
裁判所は、予防接種と重篤な副反応との因果関係認定基準として次の四つの要件が必要であると解し、本件ではそのすべてが充たされているとして相当因果関係があるものと認めた。
(1)ワクチン接種と、予防接種事故とが時間的、空間的に密接していること。
(2)他に原因となるべきものが考えられないこと。
(3)副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと。
(4)事故発生のメカニズムが実験・病理・臨床等の観点から見て、科学的、学問的に実証性があること。
賠償責任については、種痘と他の接種とを複合して行ったり、通常量の倍の種痘を施したという一部の原告を除いて過失が認められず、賠償責任も認められないとしたが、憲法29条3項に基づく損失補償責任は認められると判示した。
◎コメント
本判決は憲法29条3項の直接適用により、過失が認められないケースにおける被害者救済を判示した極めて注目される判決である。
◎出典
訟務月報30巻11号2011頁、判例時報1118号28頁、判例タイムズ527号165頁
△抜粋
被告国は、伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防し、公衆衛生の向上と増進に寄与するとの公益目的実現のため、各種予防接種につき、法により罰則を設けてその接種を国民に強制し、あるいは各地方公共団体に対し、国民に接種を勧奨するよう行政指導して各種予防接種を実施していたものである。
被告国のかかる公益目的実現のための行為によって、各被害児の両親は、各被害児に本件各接種を受けさせることを法律によって強制されあるいは心理的に強制された状況下におかれ、その結果、前記認定のとおり各被害児は本件各接種を受け、そのため死亡しあるいは重篤な後遣障害を有するに至ったものであり、このことにより、各被害児及びその両親は、後記認定のとおり予防接種に通常随判して発生する精神的身体的苦痛を超え、それらを著しく逸脱した犠牲を強いられる結果となった。そのことは、本件各被害児およびその両親にとって、予防接種により当然受忍すべき不利益の限度を著しく逸脱した特別の犠牲を余儀なくされたものということができる。
他方、本件における各被害児及びその両親の蒙った特別犠牲に対し、その余の一般的国民は、予防接種の結果、幸にして、各被害児らのような不幸な結果を招来することなく、また各予防接種によって伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防され、よって、予防接種法が目的としている国民一般の公衆衛生の向上及び増進による社会的利益を享受しているのである。
そうだとすると、本件においては、各予防接種の結果蒙った各被害児及びその両親らの特別の犠牲は、予防接種を行うという国民全体の利益のために、己むを得ない犠牲であると解すべきか、はたまた、本件における各被害児及びその両親らの蒙った具体的ないわば個人の特別の犠牲は、国民全体の負担において、これを償うべきものと解すべきかの一つの政策の問題に帰着するということができる。
ところで、憲法一三条は「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定し、また、憲法二五条は「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定し、更に、憲法一四条一項は「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と規定している。そこでこれらの憲法の諸規定の趣旨に照らして、本件について検討してみると、いわゆる強制接種は、予防接種法第一条に規定するように、伍染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために実施し、よって、公衆衛生の向上と増進を図るという公益目的の実現を企図しており、それは、集団防衛、社会防衛のためになされるものであり、いわゆる予防接種は、一般的には安全といえるが、極く稀にではあるが不可避的に死亡その他重篤な副反応を生ずることがあることが統計的に明らかにされている。しかし、それにもかかわらず公共の福祉を優先させ、たとえ個人の意思に反してでも一定の場合には、これを受けることを強制し、予防接種を義務づけているのである。また、いわゆる勧奨接種についても、前示のとおり、被接種者としては、勧奨とはいゝながら、接種を受ける、受けないについての選択の自由はなく、国の方針で実施される予防接種として受けとめ、国民としては、国の施策に従うことが当然の義務であるとのいわば心理的社会的に強制された状況の下で、しかもその実施手続・実態には、いわゆる強制接種となんら変ることのない状況の下で接種を受けているのである。そうだとすると、右の状況下において、各被害児らは、被告国が、国全体の防疫行政の一環として予防接種を実行し、それを更に地方公共団体に実施させ、右公共団体の勧奨によって実行された予防接種により、接種を受けた者として、全く予測できない、しかしながら予防接種には不可避的に発生する副反応により、死亡その他重篤な身体障害を招来し、その結果、全く通常では考えられない特別の犠牲を強いられたのである。このようにして、一般社会を伝染病から集団的に防衛するためになされた予防接種により、その生命、身体について特別の犠牲を強いられた各被害児及びその両親に対し、右犠牲による損失を、これら個人の者のみ負担に帰せしめてしまうことは、生命・自由・幸福追求権を規定する憲法一三条、法の下の平等と差別の禁止を規定する同一四条一項、更には、国民の生存権を保障する旨を規定する同二五条のそれらの法の精神に反するということができ、そのような事態を等閑視することは到底許されるものではなく、かゝる損失は、本件各被害児らの特別犠牲によって、一方では利益を受けている国民全体、即ちそれを代表する被告国が負担すべきものと解するのが相当である。そのことは、価値の根元を個人に見出し、個人の尊厳を価値の原点とし、国民すべての自由・生命・幸福追求を大切にしようとする憲法の基本原理に合致するというべきである。
更に、憲法二九条三項は「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。」と規定しており、公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超え、特定の個人に対し、特別の財産上の犠牲を強いるものである場合には、これについて損失補償を認めた規定がなくても、直接憲法二九条三項を根拠として補償請求をすることができないわけではないと解される(昭和四三年一一月二七日最高裁大法廷判決・刑集二二巻一二号一四〇二頁、昭和五〇年三月一三日最高裁第一小法廷判決・裁判集民一一四号三四三頁、同年四月一一日最高裁第二小法廷判決・裁判集民一一四号五一九頁参照)。
そして、右憲法一三条後段、二五条一項の規定の趣旨に照らせば、財産上特別の犠牲が課せられた場合と生命、身体に対し特別の犠牲が課せられた場合とで、後者の方を不利に扱うことが許されるとする合理的理由は全くない。
従って、生命、身体に対して特別の犠牲が課せられた場合においても、右憲法二九条三項を類推適用し、かかる犠牲を強いられた者は、直接憲法二九条三項に基づき、被告国に対し正当な補償を請求することができると解するのが相当である。
(四)以上により、被告国は、憲法二九条三項に基づき、各被害児(但し、原告らは、憲法二九条三項に基づく損失補償請求と国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求を選択的併合として請求しているので、前記認定のとおり接種担当者あるいは実施主体について国家賠償法上の過失が認められた被害児梶山桂子(一五の一)及び被害児河又典子(三四の一)の二名を除く。以下同様。)及びその両親に対し、これらの者が本件各事故により蒙った損失について正当な補償をすべき義務を負っているものと認められる。
その他の情報
事件番号 東京地裁昭和48年(ワ)第4793号
昭和48年(ワ)第10666号
昭和50年(ワ)第7997号
昭和49年(ワ)第10261号
昭和47年(ワ)第2270号
控訴審判決 東京高裁平成4年12月18日判決
上告審判決 最高裁平成10年6月12日判決