◎裁判所・判決年月日 広島高裁平成6年3月29日判決
◎事件名 ステロイド注射骨関節結核集団発生国賠事件
◎要旨(事実と判旨の概要)
(1) 民間医院でのステロイドの間接注射による骨関節結核の集団発生について、知事・保健所長にその予防及びまん延を防止すべき結核予防法上及び医療法上の作為義務違反は認められないとされた事例
(2) 不作為による国賠責任を負うのは公務員が被害者に対して職務上の法的作為義務を負うにもかかわらずそれを懈怠した場合であって、行政内部の職務上の作為義務や国民一般に対する抽象的な作為義務を法的に負うにとどまる場合は含まれない。
◎コメント
本件は因島を舞台に、民間の医院でなされたステロイドの間接注射から骨関節結核が集団発生し、当該医院の医療過誤という点では争いがなかったが、この結核の集団発生に対して行政、特に因島保健所長が予防措置や対策を適時に講じなかったことの責任が追及されたものである。一般の予防接種禍訴訟でも行政の責任が追及されるが、それらは予防接種を実施する主体として責任が問われたもので、注射事故という点では同じでも、本件の問題とは全く別である。
◎出典
判例タイムズ870号141頁、判例地方自治128号76頁
△抜粋(主な判示部分)
「国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。ここにいう公権力の行使には不作為も含まれる。したがって、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員以外の第三者が直接の加害者である場合に、国又は公共団体がその公権力の行使に当たる公務員の不作為を理由に被害者に対して国家賠償法一条一項に基づく責任を負うべきものとされるのは、当該公務員が被害者に対し職務上の法的な作為義務を負うにもかかわらずそれにけ怠した場合である。行政内部において職務上の法的な作為義務を負うに留まる場合や国民一般に対して抽象的に法的な作為義務を負うに留まる場合は含まれない。」
「結核予防法二条に定める国及び地方公共団体の義務は、その立言からも明らかなように、国及び地方公共団体の一般的抽象的な行政上の義務を包括的に定めたものにすぎず、前記同法四条以下に定める都道府県知事及び保健所長の義務も、その具体化であ、従業禁止、入所命令、家屋の消毒、物件の消毒廃棄、質問調査、家庭訪問指導等については、権限行使の要件が「結核を伝染させるおそれが著しいと認められるとき」とか、「同居者に結核を伝染させるおそれがある場合において、これを避けるため必要があると認めるとき」とか「結核の予防上必要があると認めるとき」とか、「結核の予防又は医療上必要があると認めるとき」とかいうように、都道府県知事又は保健所長の専門技術的立場からの合理的判断に委ねられており、他方、同法には個別の国民の側からの権利保護のための格別の規定は設けられていないことからすれば、個別の国民に対する職務上の義務を定めたものと解することはできない。」
「医療法二五条の定める都道府県知事の義務も、その権限行使の要件が「必要があると認めるとき」と定められていて、都道府県知事あるいはその委任を受けた保健所長等の専門技術的立場からの合理的判断に委ねられており、他方、同法にも個別の国民の側からの権限保護のための格別の規定が設けられてはいないことからして、個別の国民に対する職務上の義務を定めたものと解することはできない。」
「しかしながら、結核の、殊にその集団発生による損害の重大性、結核予防法が結核の予防及び結核患者に対する適正な医療の普及が公共の福祉の増進にも連なる重要事と把握していることに鑑みれば、都道府県知事又は保健所長が結核の集団発生の切迫の具体的危険性を認知し得、その発生又は被害の拡大防止のためには都道府県知事又は保健所長が緊急の措置を取るしか方法がなく、またそれを取り得ると認められる場合には、明文の規定はなくとも結核予防法全体の趣旨又は条理により、右措置を取ることが都道府県知事又は保健所長の個別の国民に対する職務上の義務として要請され、その義務のけ怠は不作為の違法と評価され、国及び地方公共団体は、国家賠償法一条一項(地方公共団体については三条一項により)の責任を負うことになるものといわなければならない。」
◎その他
事件番号 広島高裁昭和60年(ネ)第185号