◎裁判所・判決年月日 札幌高裁平成6年12月6日判決
◎事件名 小樽種痘禍事件
◎要旨(事実と判旨の概要)
小樽保健所において行われた集団種痘の副作用事件において、被接種者が禁忌者に該当していたことの推定を覆す特段の事由がないとして、問診義務違反を認めた事例
◎コメント
過失を認めるに当たって本判決は、最判昭和51年9月30日民集30巻8号816頁の示した予診義務の水準を前提とし、かつ本件上告審判決の示した経験則に拘束されるとした。
◎出典
判例地方自治139号38頁、判例時報1526号61頁、判例タイムズ893号119頁、訟務月報43巻3号781頁
△抜粋(主な判示部分)
ところで、最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決(民集三〇巻八号八一六頁)は、インフルエンザ予防接種を実施する医師は、接種対象者に異常な副反応が発生する危険を回避するため、慎重に予診を行って禁忌者を的確に識別する義務があり、予診の方法としては、実施要領に従い、まず問診及び視診を行い、その結果必要な場合のみ体温測定、聴打診を行えば足りるところ、予防接種を実施する医師が予診としての問診をするに当たっては、実施規則四条の禁忌者を識別するために、接種直前における対象者の健康状態についてその異常の有無を概括的、抽象的に質問するだけでは足りず、同条所定の症状、疾病及び体質的素因の有無並びにそれらを外部的に徴表する諸事由の有無につき、具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務があり、予防接種を実施する医師が、接種対象者につき実施規則四条の禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかったためその識別を誤って接種をした場合に、その異常な副反応により対象者が死亡又は罹病したときは、右医師はその結果を了見し得たのに過誤により予見しなかったものと推定すべきであり、予防接種の実施主体側は、接種対象者の死亡等の副反応が現在の医学水準からして予知することのできないものであったこと、若しくは予防接種による死亡等の結果が発生した症例を医学情報上知り得るものであったとしても、その結果発生の蓋然性が著しく低く、医学上、当該具体的結果の発生を否定的に予測するのが通常であること、又は当該接種対象者に対する予防接種の具体的必要性と予防接種の危険性との比較衡量上接種が相当であったこと等を立証しない限り、不法行為責任を免れないものというべきである旨判示している。これは、前記のように、インフルエンザ予防接種による重篤な副反応の発生を接種前に確実に予知し、その発生を未然に防止することは不可能であり、重篤な副反応の発生を未然に防止するためには、禁忌者への接種の回避が最善の防止方法であるという現実を踏まえてされた判示であって、過失の推定ないし立証責任の配分に関する妥当な見解というべきであり、右判示の見解はそのまま本件種痘についても当てはまるものというべきである。
そして、右判示の見解に従って医師の過失の有無を判断するに当たっては、被接種者が接種時において禁忌者に該当していたことがその論理的前提となるところ、本件を当審へ差戻した上告審判決は、種痘によって重篤な後遺障害が発生した場合には、実施規則四条の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当する事由を発見することができなかったこと、被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたものと推定すべきであるとする。この判示は、予防接種の異常な副反応により重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるが、ある個人が禁忌者に該当する可能性は、禁忌者として掲げられた事由に照らし個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいとの経験則を前提としているところ、差戻後の当審において右経験則の相当性について疑問を懐かせるに足りる立証はなく、むしろ、禁忌概念が、前記のように、これに該当する者を集団接種による予防接種の対象から除外する目的のもとに、予防接種により重篤な副反応の発生する蓋然性があると経験的に考えられる特定の身体的状態を概括的に定めたものであることに照らすと、右経験則には合理性があり、右判示の見解は差戻後の当審を拘束するものというべきである。したがって、被控訴人X1は、予診が尽くされ、又は、個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、本件種痘時に禁忌者に該当していたと推定されることになる。
(中略)
次に、前記(原判決引用)(一)、(二)に説示したところに基づいて、被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められるか否かを検討する。
前記(原判決引用)(一)の事実に、《証拠略》を総合すると、被控訴人X1ヘ、昭和43年4月3日朝発熱し咽喉が発赤していたので、田宮医師を受診し感冒と診断されたが、同医師の診断は検査等に基づかない一応のものであって、発熱や咽喉発赤の原因となった疾患は確定的な形では把握されておらず、本件種痘当日朝における被控訴人X3の観察では、被控訴人X1は熱もない様子で大体治ったように見受けられたとはいうものの、田宮医師の処方・ 調整した薬を少なくともその前日までは服用している上、当日の体温も検温の結果によるものではないことを併せ考えると、その時点において右原因疾患が完全には治癒していなかったことや他の疾患に罹患していたことも、可能性としては否定することができないものと認められる。そして、差戻後の当審においても、それらの点をより明確にする何らの立証もないことを考慮すると、上告審判決が説示するように、被控訴人X1が本件種痘時に禁忌者に該当していなかったと断定することはできず、被控訴人X1が、本件種痘当時、前記各後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情を認めることもできないというべきである。
(五)以上によれば、被控訴人X1について、禁忌者推定を覆すに足りる、実施規則四条の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当する事由を発見することができなかったこと、被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情を認めるに足りないから、被控訴人X1は、本件種痘時に禁忌者に該当していたと推定されることになる。
4 そこで、次に、前記2(原判決引用)に説示した観点にたって、原審相被告Aの過失の有無について検討するに、右3において認定及び説示したところからすると、原審相被告Aは、被控訴人X1に本件種痘を実施するに当たり、実施規則四条の禁忌者を識別するための適切な問診を尽くさなかったため、その識別を誤って接種をしたことになるから、右2掲記の例外的事由の存在が認められない限り、その異常な副反応により被控訴人X1に前記各後遺障害が発生することを予見し得たのに過誤により予見しなかったものと推定すべきことになる。
そこで、右の例外的事由の存在が認められるか否かについて検討するに、前記二及び三(原判決引用)の事実に照らすと、被控訴人X1に発生した前記各後遺障害が当時の医学水準からして予知することのできないものであったとは到底いえないし、その発生の蓋然性が著しく低く、医学上その発生を否定的に予測するのが通常であったともいうことができない。また、本件全証拠によるも、本件種痘当時、わが国において痘そうが流行する危険があったとか、被控訴人X1の身体状況から特に種痘を実施する必要があったことを認めるに足りる証拠はなく、その他、被控訴人X1に対する種痘実施の具体的必要性と種痘実施による危険性との比較衡量上接種が相当であったことを認め得る何らの証拠もない。そうすると、原審相被告Aは、被控訴人X1に本件種痘を実施するに当たり、その異常な副反応により被控訴人X1に前記各後遺障害が発生することを予見し得たのに過誤により予見しなかったものと推定すべきである。
その他の情報
事件番号平成3年(ネ)第127号
第一審 札幌地裁昭和57年10月26日判決
控訴審 札幌高裁昭和61年7月31日判決
上告審 最高裁平成3年4月19日判決