医療改善ネットワーク(MIネット)
会員のエッセイ集

その1

1998−99

mi-net logo

<目次>
 医療の改善のために ー国民が発言していくこと
      1998.10.31    O.,Y.(医師、救急:岡山)
 医療の問題はある日突然やってくる。   
      1998.11. 8    海野祥子(放送作家:東京)
 医療改善への取り組み
  − 多方面からのアプローチを望む −
      1998.11.21    高田宗明(医師、麻酔科:石川)
 キーワードは良い医療
      1999. 1.12    上野貴之(会社員:北海道)
 医療情報をどんどん開示請求しましょう!
      1999. 1.21    勝村久司(教諭:京都)



 医療の改善のために ー国民が発言していくこと

      1998.10.31    O.,Y.(医師、救急:岡山)

 日本の医療は、第三者の評価を受けることなく、経過してきました。
 研修医の教育や救急医療体制の不備など、もはや、医者の力だけではどうしようもない閉塞状況となっています。日本の名病院なる特集が週刊誌で取り上げられることがあっても、その大半はここにはこんな有名な(?)専門医がいるといった断片的な情報をもとに構成された、はなはだ根拠のうすい評価です。

 米国では七十年代から既に第三者による医療の評価が実施されています。
 ジョイント・コミッション(合同委員会)といわれるこの評価組織は、病院の理念、疾患の治療成績、病室の環境、食事、職員の態度、院内感染の発生率やその対策、など総合的に医療機関を4段階で3年毎に評価しています。全米の9割の病院が参加しており、評価が低い場合には保険診療に制限が加えられます。また、その情報は公開されておりインターネットで自由に閲覧できるのです。

 日本では厚生省、日本医師会、健康保険組合連合会などが3億円を出資して日本医療機能評価機構が設立され、平成6年4月から評価を始めました。現在では基本的に病院が審査を同機構に審査料を添えて申し込むといった、病院の自主性に依存したシステムです。しかしながら、初年度申し込みは131病院で、うち、合格認定証を受けたのは95病院だけというお寒い状況です。日本の20床以上の病院は1万施設あり、そのうちわずか1パーセントの施設しか審査を受けていないことになります。審査を受けない最も大きな理由は、お墨付きをもらえず審査に落第してしまったら恥ずかしいという、これまた情けない理由によっています。

 これが、日本の医療のレベルなのです。真っ当な医師を育てる研修制度の確立は、日本の医療改革の第一歩です。医療改革には医師自身の努力も当然必要です。しかし医療に対する社会の厳しい評価、監査も必要なのではないでしょうか。

 憲法第25条の「すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」との概念は国民に広く浸透しているとはいえません。もっともっと、国民は自らが受けるべき医療に対して、医者任せではなく、いうべきことを、いえる社会にしていかねば、と思います。未だに、地方では、お医者様などといわれてます。

 欧米人は、まず自分の病状をとことん自分が解るまで医師に質問します。
 日本では、 「こんなこと医者に聞いたら怒るだろうな。」 と、患者が遠慮がちにしていて、なかには実際に患者からの質問に腹を立てる医者がいることも国際的に考えれば信じられない状況です。
 「病気のことは、つべこべ言わずに俺に任せておけ」と、言わんばかりの傲慢な医者とそれにいいなりになる患者。
 医者の説明に納得しないのであれば、さっさと病院を去り、 「セカンド・オピニオン(前の医者とは違う、別の医者の意見)が聞きたくて、受診した。」と、堂々と次の病院を受診する欧米人の意識とは、かけはなれた状況です。

 現在の日本の医者患者関係は未だに江戸時代のはっつあん、くまさんの長屋における赤ヒゲの時代となんら変わりはないのです。医療を施療といっていた江戸時代、明治時代の感覚が抜けきっていないとみました。

 日本国民は、自分や家族の生命に関る医療の世界に積極的に介入していかねばならないと思います。それは当然の権利であり義務でもあります。



 医療の問題はある日突然やってくる。   

      1998.11. 8    海野祥子(放送作家:東京)

 「あなたも、医療サービスの受け手です。医療の改善のために、自分にできることをしましょう。」
 私は、医療改善ネットワーク(MIネット)のスーローガンに惹かれ、会員になりました。

 そう、私も医療サービス受け手の予備軍です。もしも、病気になって入院しなければならないという事になった時、病院、医師に安心して身を委ねたいと思っている一人です。
 ところが、私は、現在、医療過誤訴訟を起こしている原告であり、医療界の事を知れば知る程、病院に行くのが恐くなってしまいました。善良な医師や何も知らない患者の為にもこのままではいけないと強く思っています。

 私の仕事は構成作家です。(一般の人には放送作家と言った方が解りやすいかもしれません。)テレビの台本を書くのが仕事で、ここ7年程、様々なお医者さんに出会い、あらゆる病気の対処法や予防法を伺い、奥様向けのテレビ番組を作ってきました。時々、雑誌にも書いていました。
 健康ブームで自分の体の事を考える人が多く、非常に医療に関する感心が高まっています。
 インフォームドコンセントについても、いち早く取り上げてきました。
 また、あれが効く、これが効くなどと知ると、一点集中の健康法に飛びつく人が多いので、その辺も気をつけて伝えてきたつもりです。

 ところが、プライベートでそれが全く活かす事ができなかったのです。

 私の母は「心ない医療」に出会ってしまったのです。

 現在、その真相を明らかにするため裁判に訴え、大胆にもインターネット使い、ホームページで、訴状などの裁判提出書面や証拠保全で押さえたカルテや看護記録、レセプトなど入院中の資料すべてを公開しています。
 母の事件の経過については、医療のページhttps://www2s.biglobe.ne.jp/~uso/で詳しく書いているので割愛しますが、ホームページを作った当初、私は、一人でも多くの方にホームページを見て戴きたいので、ホームページの中では、非常にタチの悪い原告になりきり、時には、被告病院、医師に対し、挑発したふざけた表現を使ったりしてホームページを展開してきました。
 そろそろ、それも卒業したいと思っていますが。

 ホームページを作った当初、裁判は長期戦、とりあえずは「なんだ、この女」と思われよう。「良く解らないけど何か気になる」というページにしようと考えたのです。これは、私自身が、日々真面目に医療に取り組んでいる善良なお医者さんが多いことを知っているため、いずれは解ってくれるだろうと思っていたからできた事です。

 とにかく、医療従事者の方以外の皆さんにも見てもらいたかった。興味本位でも見てもらいたかったのです。家族に病人のいない人は医療の問題など感情移入は絶対にできません。こういう真面目な問題のページでアクセスカウンターを増やすのは、キャラクター勝負なのです。
 実際にこんな事が現実に起こり、医者は何をしても許される(?)という現実。どんな医療ミスや事故、不信があっても、いまの日本のシステムでは、高い費用をかけて民事裁判で訴えていくしかないという現実を伝える必要があると考えました。今の時代、いつ自分が被害者になるかわからないからです。

 病院選びと医師選びは大切です。善良な医師が多い中、たまにそうでない方がいるようです。
 また、医療の現場は様々な深刻な問題を抱えているのが現実のようです。

 医療の受け手の皆さんには自己防衛を。医療従事者の皆さんには警告を与えたかったのです。

 現在、ようやく、証拠保全で押さえたカルテやレセプトを画像で公開したり、看護記録をすべて公開した事により、全国各地から応援のメールを戴いたり、心あるお医者様から色々な御意見と、様々な角度から治療に関する御指摘をして戴いています。顔も知らない皆さんに支えられているおかげで、医学知識のない私と弁護士さんの二人三脚の裁判はとても助かっている状態です。

 本来、私は健康情報を伝えるライターとして、様々な体にいいという情報を収集し、それを得意ジャンルとしていました。

 父の闘病は壮絶だったので亡くなった時、父に対して「やっとこれで楽になったね」なんて思ったものでした。私は、人間の死というものに対して「人間は生まれてきた限りは必ず死ぬもの」とクールに考えられるようになりました。もしもの母の乳癌再発に対しても、絶対に助けないといけないという事よりも、現代の西洋医学は再発における癌治療は未だ手探りの状態、それよりも、今後の生活をどうするか、QOLを重視し人生の幕を閉じるまで楽で楽しい暮らしをさせてあげたいと思っていました。よく、母と人間の死、医療の不思議について話をしていました。

 ところが、母の半年間の入院は謎だらけ、最後の最後信じられないことが起こってしまい、まるで地獄絵巻を見てしまった私の心はズタズタになりました。以前、取材で知った心の病の分野の症状が私の体に次から次へと現れました。ストレスは本当に恐い。やっぱり生きる上で、心と体の健康が一番大切なんです。

 でも、まさか、自分が医療過誤裁判の原告になるなんて夢にも思いませんでした。

 のべ12年間(父、胃癌から膵臓癌、全摘で5年間闘病、母、高血圧2年そして乳癌で5年闘病)、両親が立て続けにガンになり、癌患者の家族としてうんざりする程「ガン」という言葉に悩まされ、病人にとって何が一番大切で、どうすれば病人でも快適に過ごせるのかなどを考え、仕事で、これからは、代替療法、在宅介護、終末医療、ホスピスなどを伝えていきたいと思っていた矢先、母の乳癌再発の入院生活半年の中で、絶対に許してはならない事が次々と起こりました。
私が訴えた病院に望む事は、12年間信頼してきた病院ですので、以前のように安心して入院できる病院に体制を整え直してもらう事です。私の医療過誤裁判は私と弁護士の新しいやり方でガンガン攻めていきます。

 「医療改善ネットワーク」に入会したのは、やっと周りが冷静に見れる状態になり、この辺で、ちょっと皆さんのお役に立つ事をしようと思ったからです。

 病気はある日突然宣告されるものです。そして、家族を巻き込みこれまでの生活が暗く一転します。
 定期検診などで病気が見つかった人は、これまで見た目元気だったハズなのに病人らしくなり、また家族の気持ちも重苦しく不安でいっぱいです。
 医療従事者の方は、いつも病人を見つづけているので、大勢の中の一人の患者ですが、家族にとっては、かけがえのない大切な人です。
 医療は結局のところ人間関係です。信頼関係が成り立ってこそ、患者は元気になっていくものと思います。

 医者は神様ではありません。でも、不安だらけの患者にとっては一番頼りたい人なのです。
 医者は患者の気持ちをもう少し考える。患者はもっと病気に対する認識を高めて医者を信頼する。
 個人個人で信頼関係を作っていくように心掛ける事、歩みよる事。
 しかし、時には、信頼関係が築けない場合もあります、そういう時は潔く患者は身をひくのがいいと私は考えています。
 インフォームドコンセントの問題にしても、説明と同意をしなければ「訴えられるから」という理由で説明するというのではなく、もっと人間的な部分で、患者の今後の人生に何が起こるか予測される事を伝えて、その同意をとるという形にしてもらいたいと考えています。不自由な思いをして生きていくのは患者なんですから。
 医療紛争が起こるのは、ミスをしたからでなく、患者側の感情を損ねたというのが一番の原因です。

 医療改善ネットワークでの私のポジションとしては、家族として病気という重苦しいものを背負ってきた経験と、ライターとして得た知識、また、原告として医療問題について感じた事などを、活かせればいいなと思っております。
 一番いいのは、お医者さんの働く環境の向上、収入等すべてにおいてのレベルアップ。お医者さんに気持ちの余裕を与える事。そして、医療費改正で病気の人間を追い詰めないこと。やっぱり日本の国のシステムにガツンと訴えていかないと駄目ですね。政治家も官僚もいずれ病院のお世話になるんだよ。年末に道路掘ったり埋めたりする金あったらこっちによこしなさいって感じでしょうか。
 我慢や何も言わない奥ゆかしさは日本人の美徳じゃありません。

 医療改善ネットワーク(MIネット)の発展に期待しています。
 皆さん宜しくお願いします。



 医療改善への取り組み
  − 多方面からのアプローチを望む −

      1998.11.21    高田宗明(医師、麻酔科:石川)

 僕は、人権の面からの運動に反対するものではありませんし、むしろ、医療現場における患者さんの権利を尊重して欲しいと切に願っております。しかし、現状の医療の問題は、人権面からの切り口だけでは済まないような、多彩な問題があると思います。それらを放置したままで、人権の事を前面に押し出してこの改善運動を押し進めていけば、反感・反発が大きいように思います。
 また、医療の改善のためには医療界だけではなくその消費者である患者さんの協力(権利意識の向上?)が欠かせません。サービス提供者とその消費者の両面から検討する必要があると思います。そこで、具体的な運動の面から、以下のような活動を考えてみました。皆さんの意見を頂ければ嬉しく思います。

1)医療と人権からのアプローチ
 医療における人権尊重を押し進めていく。
 既存団体のCOMLなど と同じ方向性かも知れませんが、これが活動の中心になると思います。といいますのは、活動しやすいと云うことが挙げられます。ベースにする人権が諸外国で認められていたり、リスボン宣言で謳われていたりしますので、訴えやすいと思います。
各医療従事者、病院、厚生省、主要医学会などへ、人権尊重を根本においた医療を目指すように働き掛けていく。現在の医療の特殊性や、新しく開発された高度医療が、人権にどのように関わりどう考えるべきか、などもこの方向で検討されると思います。

2)現代医療の問題からのアプローチ
 現在の医療の問題点を洗い出す。医療者側から見た問題と、患者側から見た問題があると思われるが、それぞれに洗い出しを行い、解決策を模索する。もちろん、人権尊重からのアプローチと重複する部分も多いと思われますので、相互に意見交換をします。
 当面、いま、問題になっているセカンドオピニオンやカルテ開示などを押し進め、具体的なセカンドオピニオンを行うことも考えても良いと思います。
 また、法律や政策、ルール作りに 関わっていくことで、行政面からのアプローチも考えられます。

3)医療従事者啓蒙へのアプローチ
 医療従事者というのは、得てして患者の気持ちを理解しておりません。大体、治癒困難な病気に対しては、常に自分を守る事の説明から始まりがちです。自分の都合の良い説明しかしない傾向もあります。また、常に「訴えられるかも知れない」と云うことを意識して、医療に従事していることから、どうしても保守を優先せざるを得ないのだろうと思われます。
 そこで、患者を医療消費者と見た上で、訴訟になる前に事態を解決するための智恵を知って頂くことが、医者や他の医療者の「医療提供のマナー」に結びつくように思います。例えば、訴訟になった真の原因(多くは医療そのものではなく、感情のもつれであること)、患者の気持ち(患者サイドからの適正な要望とどんなときに訴えようと考えるかといったこと)、人権尊重の重要性、などをそれぞれの専門家や経験者から医療者サイドへ啓蒙していただく。その手段は今後考えていく必要がある(ニューズレター、web、週・月刊のメール配送など?)。また、そうしたものを蓄積し、「医療者のマナー」集というものを作ることも良いかも知れません。

4)医療消費者啓蒙へのアプローチ
 患者は医療の現状を、余りに、知りません。
そこで、医療というものの仕組みを理解しつつ、消費者としてどのようにあれば、上手く医療と付き合っていけるのか、「医療消費者としてのマナー」というものを考え、啓蒙していくことも考えられます。そのためには、まず、自らの基本的な権利の意識を高めることからはじめて欲しいと思います。いつまでも「お任せします」でやっていけなくなると思います。そうした「お任せ」が現在の医療を作り上げてきたわけで、責任の一端を認め、その改善を目指して欲しいと考えます。

5)医療機関の評価へのアプローチ
 これに関しては、現段階ではコメントを控えますが、医者以外の目から見た評価と医者の目から見た評価があっても面白いかも知れません。しかし、医療の評価というのは、余りに難しすぎるように思えます。

* 現在の「日本医療機能評価機構」の「病院機能評価」はその一つではあると思いますが、問題も多そうです。この評価は病院のシステムをかなり評価し、「患者の権利に対する配慮」も評価の対象ではあります。しかし、この方面の審査は書面だけで実状を審査しておりませんし、5点満点の3点、平均60点で認定されます。現場の審査もありますが、医療現場は医者、事務関係は事務職、看護面は看護職といった同じ立場からの評価であり、第三者機関と云いがたい面があります。また、認定病院が医療訴訟を抱えているかどうかは検討外のことであり、実際に複数の訴訟が進行中の病院も認定されているそうです。

 これらは、そのうちの一つを取り上げても良いのですが、やはりバランス良く、それぞれの活動が平行して進行していく方が良いだろうと思います。しかし、具体的な企画をするほどの頭がありません。皆さんに肉付けしていただけないでしょうか?



 キーワードは良い医療

      1999. 1.12    上野貴之(会社員:北海道)

 ボクがmi-netに入ったきっかけは,自分自身がここ数年医療機関にお世話になることが多く,より良い医療を受けたいなぁ,と漠然に思っていたからなんだ。

  ただ,より良い医療って漠然に思っているだけで,なにをすればいいのかも判らなかった。 今も明確な指針はないけれど,ただここにはいろんな人がいる。一見無秩序に集まった面々だけど,キーワードは良い医療。みんながより良い医療について,思いや考えを持っている。 これって,単純に凄いと思う。

 ボク自身は,医療に関しては素人だけど,プライベートの時間を利用して「自治体」について研究している。一見,医療とは無関係に思えるけれど,公立の病院って多いでしょ。 あながち無関係ではないんだ。 今,自治体では「情報公開」ということがいろんな場面で問われている。 そして,それは接待の食糧費だけではなく,病院のカルテの問題や医療行為までをも含むのだから。 ボクは自分の知っていることをみんなに知らせたり,まとめておくことがいつの日か医療の改善に役立つと思っている。

 mi-netは,インターネットを活動の中心としている。非常に面白い試みだと思う。 ちなみにボクは,医療機関を探す手段としてインターネットでの検索を利用している。 情報量が多い。作り手(送り手)の思いが伝わる。双方向の仕組みを利用しているとこ ろが多い。などの理由だ。 しかし,一面的な情報だけでは不十分。今後,医療に関わるいろんな情報がインターネッ ト上にあふれ,個々人の判断で医療機関や医療方法を選択できる日が来ればいいなぁ。そう思 いながらインターネットを駆使?するmi-netに少しでもお役に立てればいいのだが..... 背伸びせずに医療について考えていきたい。そしてより良い医療を受けたい。



 医療情報をどんどん開示請求しましょう!

      1999. 1.21    勝村久司(教諭:京都)

 一昨年(1997年)6月には、レセプト開示通達が厚生省から全国に出されました。昨年(1998年) 6月には、厚生省の検討会が、カルテ開示の法制化を求める提言をまとめまし た。
 これまで、レセプトもカルテも全く見ることができないまま、薬害・医療 被害が漫然と繰り返されてきた歴史を思うと、医療界の情報公開・開示は少し ずつ進んでいると言えます。
 しかし、いまだにカルテ開示法制化に反対する医師会などの声も強く、情報 公開法と同じく、市民や消費者にしてみれば当たり前の知る権利であるにもか かわらず、それらは、一筋縄で制定されそうにはありません。
 厚生省の集計によると、これまでレセプト開示請求をした人には、当然ですが、全て完全に病名が知らされています。そして、遺族による開示も認められ ています。
 ところが、現在開かれている厚生省の医療審議会では、カルテ開示 法制化を巡って、「患者には本当の病名を知らせない方がよいケースがある」 や「遺族への開示は信頼関係を損なうことになる」などのレセプト開示の際に 終わったはずの議論が蒸し返されています。もっと多くの人によって、スー パーで買い物をすればレシートをもらうように、「医療を受けたらレセプトを 請求する」ことこそが、このような無駄な議論を終わらせていく力になると思 います。
 レセプトには、病名・検査名・投薬名・処置名等が正式名称で単価と共に記 載されています。カルテは病院に請求しなければなりませんが、レセプトは私 たちの加入する健保組合に請求するだけです。レセプト開示は、たった一度の 簡単な手続きで、親子の分の、複数の病院・複数の年月にわたるレセプトを、 コピー代だけで請求でき、後日郵便で送られてきます。
 カルテ開示法制化や情報公開法制定の見本は、既にレセプト開示通達や地方 自治体の情報公開条例・個人情報保護条例の制定でなされています。大事なこ とは、法制化のはたらきかけと共に、実際に一人一人が、これらの既に認めら れて請求権を用いて必要な情報の開示実績を積み上げていくことでしょう。そうして、病院や医者に任せるしかなかった「患者」が、自立した「医療消費 者」になれば、それらがきっと、今後の国の議論にもよい影響を与えていくは ずです。