意 見 書


2005年6月28日
内閣総理大臣 小泉 純一郎 殿
規制改革・民間開放推進会議 宮内 義彦 議長殿 
厚生労働大臣 尾辻 秀久 殿
厚生労働省 医薬担当審議官 黒川 達夫 殿
厚生労働省医薬食品局 阿曽沼 慎司 医薬食品局長、川原 章 審査管理課長殿
治験のあり方に関する検討会・未承認薬使用問題検討会議 委員各位殿
厚生労働省保険局 水田 邦雄 保険局長殿
中医協の在り方に関する有識者会議・先進医療専門家会議 委員各位殿
福島雅典1)
増田聖子2)
光石忠敬3)
1)(財)先端医療振興財団臨床研究情報センター臨床試験運営部長、京都大学医学部付属病院 探索医療センター探索医療検証部教授・外来化学療法部部長
2) 増田法律事務所・弁護士    
3) 光石法律特許事務所・弁護士

  拝 啓

 2004年12月15日付「いわゆる「混合診療」問題に係る基本的合意」に対応して開催されている、厚生労働省医薬食品局「治験のあり方に関する検討会」「未承認薬使用問題検討会議」、同保険局「中医協の在り方に関する有識者会議」「先進医療専門家会議」の審議内容についての意見および理由を、別紙に記します。
 関連委員会等において、委員各位に配布され、ご検討いただけるようお願い致します。

敬 具  

CC:
文部科学省 中山 成彬 文部大臣殿
同 研究振興局 清水 潔 局長殿 ライフサイエンス課 佐伯浩治 課長殿
同 生命倫理・安全部会、特定胚及びヒトES細胞研究専門委員会、
特定胚及びヒトES細胞研究専門委員会 人クローン胚研究利用作業部会 委員各位殿
厚生労働省 健康、医政担当審議官 岡島 敦子 殿
同 岩尾總一郎 医政局長 田中 慶司 健康局長
他、ご関係各位殿、各政党厚生労働部会等ご関係者各位殿、報道関係各位殿

*この意見書は、提出後以下において公開します。意見書文末の参考資料は、web版からアクセスすることができます。(下記URLくすり勉強会第64回備考より)
https://www.asahi-net.or.jp/~yz1m-krok/others/iken050628.html
https://www.asahi-net.or.jp/~yz1m-krok/meeting/history
.html

‐意見の趣旨‐

 第3回「治験のあり方に関する検討会」(2005年5月23日)では、以下の論点が示された。
(1)被験者保護と臨床研究振興の観点からの法律の制定
(2)未承認薬や適応外使用と保険との併用が可能な制度の創設
これらの論点について、平成18年国会審議の議案に加えられるよう、厚生労働省内で早急に調整を進め、かつ、省庁横断的な検討を開始すべきである。

‐意見の理由‐

1.はじめに

「いわゆる「混合診療」問題に係る基本的合意」(以下、「基本合意」)では、平成17年夏までに現行枠組みの中で可能な対応を行い、平成18年国会で医療保険制度全般にわたる改革法案の中で法制度上の整備を行うとされている。上記四検討会は、この対応策の一部である。
 平成18年国会では、医療保険制度のみならず医療法の改正もあわせて審議が予定されている。そこで、以下に述べる理由から、上記(1)(2)をあわせて審議すべきであると考える。

2.実験的医療において保護されるべき患者の権利

 現行制度では、承認申請を目的とする「治験」でない限りは、例えば承認外の医薬品が不適切な形で患者に投与され、「藁をもつかむ」思いの患者が高額な薬剤費を支払いながら生存期間延長を遂げられない結果となることを、抑止することができない。また、「高度先進医療」は、これまで僅か5例の症例報告で、当局における研究計画の妥当性の検証も、通常医療との統計学的有意差の証明も行われないまま、患者または研究費による負担と公費負担の併用の可否が決定されてきた。現在の書式修正版は、報告数や、アンケート調査のような書式の記入事項が増えたに過ぎず、科学的評価の標準的な方法論によるものではない。
「治験」にのらない未承認薬の投与を受けた患者、「高度先進医療」の申請に至るまでの「研究開発段階」の行為の対象とされた患者の、副作用、転帰についての情報は、データとして蓄積されず、ネガティブな結果が隠されたままになることを防止できない。
 さらに、世界標準の治療法、日本で現在受けられる最善の治療法についての情報が公開され、すべての患者に等しくアクセスする機会を提供する情報基盤を構築する必要がある。これが整備されないまま、効果の不確実な実験的治療が提供されることは危険である。
 こうした状況を解消するためにこそ、包括的な被験者保護法制を構築する必要がある。この法制によって、一定水準以上の倫理審査と研究監視の体制が確立され、質の保証された臨床試験情報が公正に登録・公開される中で、患者が安心して研究に参加することができ、貴重な患者データが蓄積されるように、制度整備をすべきである。

3.法的位置づけの明確化による臨床研究の振興

 被験者保護法は臨床研究の振興を阻害するものではなく、かえって振興するための基盤整備となる。その主たる理由は以下のようである。

  1. 現行の薬事法、医療法、健康保険法、保険医療機関および保険医療養担当規則では、「研究」に正当な法的位置づけを与えていない。このため、「治験」でない限り、製薬企業やGMP対応施設から医療現場への研究的製造物の授与・販売が不可能または困難であり、実験的医療が傷害罪の構成要件を充足する可能性も払拭されない。また、研究と保険診療の併用が困難である。こうした現行法の不整合の解消が、研究振興、産学連携には不可欠である。
  2. 諸外国では研究の適正な振興を目的とした法整備が著しく進展している。アメリカ、フランス、オランダ、デンマーク、スウェーデン、オーストラリア、台湾などでは被験者保護のための法規制が整備され、EU諸国では自主臨床試験も含む臨床試験規制が法制化され、韓国ではヒト胚・人体組織に関する包括的な法体系が確立されている。
  3. 国際人権自由権規約は「自由な同意のない医学的・科学的実験」を禁止し、個人情報保護法は「本人同意のない個人情報の目的外利用・第三者提供」を禁止している。しかし、医学的・科学的な研究は常に、意思決定の代行、事後の同意、包括的同意、同意の簡略化を必要とする場合が少なくない。容認と禁止の境界は、省令や行政指針ではなく、法律をもって規定すべきである。
  4. 研究振興のための公的研究費助成が求められているが、研究評価の方法論の知識が共有化されないままに予算を増額しても、国全体の開発力強化にはつながらない。現在の日本に必要なのは、FDA近代化法のような研究開発戦略合理化のための制度改正と、省庁横断的な研究規制の合理化のための予算確保である。この合理化の結果が、被験者保護法制の確立である。

4.「セントラルIRB体制」の確立

 「治験のあり方に関する検討会」では、「セントラルIRB」(多施設共同研究を1つの委員会で審査する委員会で、全国に複数置かれる)体制が今後議論される。この「セントラルIRB」は、「治験」に限定しない、「未承認薬の臨床使用」や「研究開発段階の実験的方法による治療」についても審査し、その実施可否や保険診療との併用可否を審議し、計画・有害事象・結果のデータを集積し、中央社会医療保険協議会における、科学的根拠に基づく医療技術評価と医療経済学的評価を可能とするためのデータを提供しうる委員会としなければならない。そして、自治体単位で科学的データに基づき個々の研究計画を評価することにより、保険診療との併用可否の迅速な判断が可能となり、行政の負担も軽減できる。これが、被験者保護法の制度設計である。
 そのためには、IRBの質を標準化するための基準を設け、SOP(標準業務手順書)を共通のものとし、研究の計画・有害事象・結果を報告するための書式と電子的なシステムを統一し、これらの手順と実施状況についての情報公開を進めることが必要である。EU諸国は、すでにこのような体制を実現化するための公的文書を揃えている。5大学1施設によるトランスレーショナルリサーチ懇話会では、2004年の共通倫理審査指針の刊行・施行に続いて、上述のような制度整備をさらに進めている。「研究対象者保護を考える会」の起草による「研究対象者保護法要綱試案」には、そのための制度設計がすでに具体的化されている。

5.研究と診療の区別の明確化

 基本合意では、特定療養費制度を廃止し、「保険導入検討医療(仮称)」「患者選択同意医療(仮称)」に再構成する、としている。しかしここには、欧米の研究倫理および法規制において基本とされる「研究と診療の境界」という考え方が欠落している。「保険導入検討医療」も、「患者選択同意医療」も、有効性・安全性の未確立な、研究的・実験的な行為である。これを、将来の保険導入への期待や、患者の同意によって正当化することなく、「研究」として位置づけ、明確な「研究計画」に基づき、実施・解析・報告・評価されることによって、標準的な「診療」として広く利用可能なものとするための制度を設計しなければならない。これが「被験者保護法」の法設計である。
 特に、新規かつ高度な技術を人に応用する初期段階における「トランスレーショナルリサーチ」は、厳格な研究計画と研究管理体制の中にあって初めて患者に同意を求められるものであり、患者に臨床的ベネフィットをもたらす可能性は低く、研究者が厳格な研究倫理に従って実施すべきものである。これを「患者選択同意医療」「先端医療」などと言い換えてはならない。
 この点の議論を、医療保険制度・医療法の改正論議と合わせて行うことが必要である。

6.二つの裁判事例から

 愛知県がんセンターにおける卵巣癌患者に対する治験訴訟の判決(名古屋地裁平成2000年3月24日判決(判例時報1733号70頁)、原告患者側が勝訴)は、研究であることについてのインフォームド・コンセントの必要性を認め、研究計画書からの逸脱を違法と評価した点において画期的であったが、研究データねつ造等については、ヘルシンキ宣言に反し、倫理的に非難されるべき事柄としながらも、患者の具体的利益の侵害性の認定については留保し、慰謝料算定の斟酌事情に留めた。
金沢大学医学部付属病院での卵巣がんCAP療法対CP療法比較試験訴訟では、2005年4月高裁判決で、既承認の医薬品の比較試験におけるインフォームド・コンセントの必要性が認められ原告患者側が勝訴したが、高用量の適格基準違反については「医師の裁量」の範囲とされたこと、G-CSFの有用性の検討という、陰に隠れた研究とあわせて研究全体の意義をめぐっての判断その他を不服として、患者側が最高裁に上告している。この事例では、承認された医薬品を用いたのだから臨床研究とはいえないとの主張が被告側からなされているが、これは人を対象とする医科学研究や臨床試験の概念が法のレベルで議論されていないことに起因する。
 この二つの裁判例は、被験者の権利が法をもって擁護される必要性を明確にしている。さらに、法によって保障すべきなのは、インフォームド・コンセントの権利のみに留まらず、「研究のインテグリティ(公正さ)」の確保が、守るべき公益であることを示している。すなわち、意義のある、品質管理された研究であって初めて、被験者・患者の権利は保障される。「被験者の保護」とあわせて「研究のインテグリティ」を確保するための法制化の議論を国会レベルで行うことによって、真に意義のある臨床研究の振興を望むことができる。

7.省庁横断的なルール作成の必要性

 近年論争を喚起している生命倫理上重要な問題として、中絶胎児の埋葬・廃棄の問題、これを再生医学研究に使うことの是非、人クローン胚作成研究の是非、将来的にES細胞を臨床応用する際の規制上の問題などが浮上している。こられの問題に、現在の省庁別・省庁内の担当課別の政策決定によって対応することは難しい。  
 米国においては、1981年に保健福祉省における被験者保護の行政規則が定められ、1991年に省庁を超えた統一ルールとして制定された。
 日本において、ライフサイエンスの振興を政策として掲げるのであれば、その成果が実験室内の研究によって生み出される知的財産権による経済振興策としてのみならず、真に国民の健康とヘルスケアに還元される方途を開くためには、省庁横断的なルールの作成を目指しての議論を、速やかに開始しなければならない。

  以上

参考資料

1.光石忠敬.私の視点:臨床研究 被験者の人権守る立法を.朝日新聞 2003.9.11
(第30回2003.3.2備考欄より)
2.福島雅典.混合診療で「医療詐欺社会」となるか?.現代 2005 年2月号
  https://web.kyoto-inet.or.jp/org/khoken-i/syuchou/pages/2005/02/k0502140002.html
3.福島雅典.「見えてきたがん征圧の地平:がん情報サービスの現状と最新がん治療体制」
          (2005.5.28第1回がん患者大集会における基調講演スライド)
 がん情報サイト、TRI研究事業HP(direct)
  https://cancerinfo.tri-kobe.org/service/01.swf
  https://www.tri-kobe.org/DCTM/data/kanren_pdf_data/20050528.swf
 同(page address)
  https://cancerinfo.tri-kobe.org/service/index.html
4.福島雅典.「混合診療「実質解禁」で医療はよくなるのか?」(2005.6.18京都府保険医
         協会学習会プレゼンテーションスライド)〔2005.6.30よりアクセス可〕
 TRI研究事業HP(direct)
  https://www.tri-kobe.org/DCTM/data/kanren_pdf_data/20050618.ppt
 同(page address)
  https://www.tri-kobe.org/DCTM/kanren/siryou.html
5.トランスレーショナルリサーチ実施にあたっての共通倫理審査指針(東大医科研、名大、
   京大、阪大、九大、(財)先端医療センター・臨床研究情報センターの5大学1研究機関による)
 TRI研究事業HP (direct)
  https://www.tri-kobe.org/DCTM/data/kanren_pdf_data/TREthicGuidelines_final_PDF.pdf
  同(page address)
  https://www.tri-kobe.org/DCTM/kanren/rinshousiken.html
6.光石忠敬ら.研究対象者保護法要綱案試案:生命倫理法制上最も優先されるべき基礎法
   として. 『臨床評価 』2002; 30(2,3): 369-95.
  https://homepage3.nifty.com/cont/30_23/p369-95.pdf

 2005年5月26日第3回治験のあり方に関する検討会における配布資料の事務局論点整理のうち「制度に関する事項‐今後議論の必要な事項の・として挙げられた。
  上記と同じ項目の・として挙げられた。すべての未承認の薬剤の臨床使用においては行政に届出の上、行政の管理・監視下に使用するというIND(investigational new drug)制度が前提となる保険との併用を意味する。
 厚生労働大臣、内閣府特命担当大臣(規制改革、産業再生機構)、行政改革担当、構造改革特区・地域再生担当連名による「いわゆる「混合診療」問題に係る基本的合意」(平成16 年12 月15 日)の中に、「まず現行制度の枠組みの中で対応することとし、できるものから順次実施して平成17 年夏までを目途に実現する。ただし、国内未承認薬の使用に係る施策については、平成16 年度中に必要な措置を講じる。さらに、現行制度について、「将来的な保険導入を前提としているものであるかどうか」の観点から、名称も含め、法制度上の整備を行うこととし、平成18 年の通常国会に提出を予定している医療保険制度全般にわたる改革法案の中で対応する。」とある。
 既承認医薬品の適正使用においても起こりうることだが、承認外の医薬品や実験的な治療においては特に、・病院の医療事務の書面操作等により「混合診療」が行われて承認外の薬剤費の分だけを患者が負担する ・保険給付を受けられず患者が全額自己負担する ・保険給付を受けられず病院側が負担するか研究費で賄う の、いずれかとなる。
 アメリカのPDQ(Physician Data Query)はこのようなシステムの世界的先駆であり、福島の所属する臨床研究情報センターでは、PDQの完全日本語版とオリジナルのコンテンツからなる「がん情報サイト」より世界標準治療についての情報発信をしつつ、国内研究の支援・管理・情報発信を行っている。
 学術研究機関の学術研究には大幅な除外規定があるが、これに該当しない事業体における研究、共同研究等において混乱を招く場合が生じている。厚生労働省関連ガイドラインによれば、公衆衛生上の除外規定は必ずしも研究一般には適用されない。
 薬剤の部分について言えば、治験のあり方に関する検討会の論点整理のうち「未承認薬や適応外使用と保険との併用が可能な制度の創設」が、水準の高い「セントラルIRB」体制確立により可能になる、との意味である。
 基本合意と同日に厚生労働省から発表された「いわゆる「混合診療」問題について」では、次のように説明される。「「保険導入検討医療(仮称)」として、『高度で先進的な医療技術』及び『必ずしも高度でない先進的な医療技術』のほか、従来選定療養に位置付けられていたもののうち『保険導入前の医薬品等を用いた診療』に当たるものを位置付ける。「患者選択同意医療(仮称)」として、従来選定療養に位置付けられていたもののうち『快適性や利便性に係るもの』及び『医療機関の選択に係るもの』に当たるもののほか、新たに『制限回数を超える医療行為』を位置付ける。」