臨床研究 被験者の人権守る立法を

光石忠敬(みついし ただひろ・弁護士)

 私たち一人一人の身体やその一部、あるいは遺伝子情報を対象とする医科学研究が盛んに行われている。

 ところが欧米やアジア諸国では被験者の人権を保護する法律や公的規制の整備が進められているというのに、日本では製薬企業が医薬品開発のために行う治験について薬事法に基づく基準があるだけで、それ以外の大学や研究機関がする研究全般については実効ある法律は存在しない。「何人も、その自由な同意なしに医学的または科学的実験を受けない」と定めた国際人権自由権規約を批准しているにもかかわらず、である。

 今年7月、厚生労働省は「臨床研究に関する倫理指針」を告示した。だが、歴史的検証も国民的議論も経ておらず、違反しても制裁がないなど内実ある対応策とはとても言えない。そもそも「学問・研究の自由」という基本的人権を制限するのに、行政庁が定めた指針を持ち出せるのかという憲法上の疑義もある。

 一方で、新しい治療・診断・予防法への需要は増える一方である。「遺伝子ゴールドラッシュ」と言われて人体は「生きた金鉱」になり、人についての研究は巨大ビジネス化している。薬事法が改正され、治験は医師が届け出るタイプも認められるようになり、大学病院だけではなく診療所でも広く行われている。

 今や被験者の人権を守る法律を持つことは、それによって市民が安心して研究に参加できるだけでなく、研究者が適正に研究を推進する環境を整え、関連産業が発展していくために必要な国際標準と言える。

 研究者の知的好奇心には際限がない反面、研究をする側と対象者・患者との間にある情報量や力関係の落差は著しい。また、研究者と研究の依頼・出資者である製薬企業との経済関係は、研究結果やデータの偏りの原因ともなり得る。

 研究に携わる医師は、研究の成功への忠実か、眼前の患者への忠実か、義務の衝突に悩む。「我が子にやりたくない(人体)実験を(患者に)やらざるをえない」「真実を開示すると臨床研究はやれなくなる」という専門家たちの言葉には妙にリアリティーがある。

 数年前、抗がん剤の治験の研究計画書の審査にかかわった時のことだ。「腫瘍のうち一つを残し、それを対象病変にする」との記述があった。私が「まさか研究のために、腫瘍をわざわざ残した患者を対象者に組み入れるのではないでしょうが・・・」と意見を述べると、この文章は削除された。

 こうした研究計画は病院ごとの研究審査委員会によって審査される。だが、計画はどんどん増えるのに、審査する人材は不足している。また、事前審査は十分でも、実施段階でデータをごまかして適格でない患者を適格者にしてしまったり、公正な説明をせずに説得して同意書に署名させたりする例は少なくない。最近も東大病院で患者の同意のない臨床研究が明らかになるなど、科学的非行は一向になくならない。

 研究は学問の自由に基づくとはいえ、医科学研究の対象者は生命・身体に対する直接のリスクに加え、プライバシーにかかわる情報リスクにもさらされる。通常の研究の自由に対する規制よりも強い規制が求められてしかるべきであり、それを裏付ける公的な審査システムや、被害が出てしまったときの補償制度を確立するためにも、法整備は必要不可欠と考える。

 被験者の人権を保護し、研究の公正さを確保することを目的とする「研究対象者保護法」の要綱試案を、私はぬで島次郎、栗原千絵子両氏とともに作成し、このほど「臨床評価」誌(30巻2,3号)に公表した。忌憚のないご意見を、 03-kinmokusei@mbm.nifty.comまでお待ちしている。

【朝日新聞2003.9.11朝刊コラム「私の視点」掲載】

(本記事は執筆者および朝日新聞社の許諾のもと掲載しています。
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「研究対象者保護法」要綱試案は以下からアクセスできます。
https://homepage3.nifty.com/kinmokusei04/