異状死と届出義務について
2001年4月に、日本外科学会と四病院団体協議会がそれぞれ異状死と届出義務に関して見解を発表しました。
医療改善ネットワーク(MIネット)としては、これらの見解には問題が多いと考えておりますので、以下のとおり意見を発表します。
2001年5月20日
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異状死と届出義務について
1 日本外科学会の見解について
日本外科学会が2001年4月に発表した「診療に関連した「異状死」について」と題する見解( https://www2.convention.co.jp/jss2001/downloads/Daily_Bulletin_1.pdf)は、例えば、次のように述べている。
「このような外科手術の本質を考慮すれば、説明が十分になされた上で同意を得て行われた外科手術の結果として、予期された合併症に伴う患者死亡が発生した場合でも、これが刑事事件としての違法性を疑われるような事件となるとは到底考えることができない。」「したがって、このような外科手術の結果として発生した患者死亡は、医師法第21条により担当医師に所轄警察署への届出義務の生じる異状死であると考えることはできない。」
「われわれは、現実に医療現場で患者 に接して診療する臨床医の立場から、診療行為に関連した「異状死」とは、あくまでも診療行為の合併症としては合理的な説明ができない「予期しない死亡、およびその疑いがあるもの」をいうのであり、診療行為の合併症として予期される死亡は「異状死」には含まれないことを、ここに確認する。特に、外科手術において予期される合併症に伴う患者死亡は、不可避の危険性について患者の同意を得て、患者の救命・治療のために手術を行う外科医本来の正当な業務の結果として生じるものであり、このような患者死亡が「異状死」に該当しないことは明らかである。われわれは、このことを強く主張するとともに、国民の理解を望むものである。」
しかし、この見解にはいろいろな問題点がある。
この見解は、要するに、「診療行為の合併症として予期される死亡」が「異状死」には該当しないと主張するものである。しかし、基本的問題点として、「診療行為の合併症として予期される死亡」の範囲が不明確であるということが指摘できる。
例えば、手術後の「合併症」に関する各種医学文献等をみても、「合併症」の範囲は明確とは思えない。「合併症」による「死亡」とされている例の中には、過失やミス等があって死亡した例も含まれているはずである。
術前の説明で、例えば、ある「合併症」による「死亡」が1%と説明されていたとし、実際に、術後に、その「合併症」で「死亡」したとする。しかし、必ずしもこの「死亡」がやむをえないことだったということにはならない。過失やミス等が介在しているかもしれないのである。
この見解の考え方は、過失やミス等がある例でも届出をしないという結果を招くものであり、とても「国民の理解」を望めないものであろう。
また、過失やミス等を隠すことがこれまでに行われてこなかったという実績があるのであれば、まだしも「国民の理解」が得られる可能性があるかもしれないが、残念ながらそうではなかったのであり、なおさら「国民の理解」を得るのは難しいと言うべきである。
さらに、昨年には、以下のようなガイドライン類が公表され、それぞれ、届出につき、以下のように記載している。これらに比べて後退させる日本外科学会の見解が「国民の理解」を得るのは無理であろう。
(文部省所管の国立大学病院について)
◇医療事故防止のための安全管理体制の確立について(国立大学医学部附属病院長会議常置委員会・医療事故防止方策の策定に関する作業部会:中間報告)(2000.5)
https://www.umin.ac.jp/nuh_open/iryoujiko.htm
医師法により,異状死体については,24時間以内に所轄警察署に届け出ることが義務付けられている(注1)。
医療事故が原因で患者が死亡した可能性がある場合に,医師法の規定に従い届出を行わなければならないか否かについて,本作業部会 が明確な解釈を提示することはできないが,同法の規定は,司法警察上の便宜を図ることを目的としたものであるとも言われることから,医療行為について刑事責任を問われる可
能性があるような場合(注2)は,速やかに届け出ることが望ましいと考える。判断に迷うような場合であっても,できるだけ透明性の高い対応を行うという観点から,先ずは速やかに警察署に連絡することが望ましいと考える。
(厚生省所管の国立病院等について)
◇リスクマネージメントマニュアル作成指針(リスクマネージメントスタンダードマニュアル作成委員会)(2000.8)
https://www1.mhlw.go.jp/topics/sisin/tp1102-1_12.html
医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う。
(大阪府の医療機関について)
◇医療事故防止対策ガイドライン(医療事故防止に関する検討会)(2000.9)
https://www.pref.osaka.jp/osaka-pref/iryo/guideline/index.htm
医療事故が原因で患者が死亡するなど重大な事態が発生した場合には、速やかに所轄の警察署に届出を行います。
これは、医師法21条により、異状死体については24時間以内に所轄警察署へ届け出ることを義務づけられていることによるものです。
なお、患者の死亡など結果が重大で、医療事故か否かの判断が困難な場合、自院の透明性の高い対応を行うという観点から、警察署への届出を速やかに検討します。
なお、警察への届出件数が多くなる場合の警察の対応能力を心配する向きもあるようだが、立件されるかどうかは事故の重大性や過失の程度等によるのであり、心配する必要はないだろう。実際にも、これまでも、届出があった例のうち立件されたのは一部だろう。
ところで、この声明では、
「中立的機関の設立への要望」として、「われわれは、患者死亡が発生した場合だけでなく、医療過誤の疑いがある患者被害が発生した場合には、広く 医療機関や関係者からの報告を受け、必要な措置を勧告し、さらに、医療の質と安全性の問題を調査し、国民一般に対し、必要な情報を公開していく新しい専門的機関と制度を創設するべきであると考える。」
「学識経験者、法曹及び医学専門家等から構成される公的な中立的機関が判断すべきであり、かかる機関を設立するための速やかな立法化を要請する。」
とも書かれている。
このような機関ができることは望ましいことであるが、このような機関ができないうちに届出義務を狭めるのは不当だろう。
わが国の医療の世界では、医師の自治や裁量が主張される度合いと比べ、内部での規律(倫理規範を含む。)の整備、相互批判・監視などがはなはだ貧弱であるし、医師免許取得後の適格性審査やそれらを通じた医療の質の確保が不十分な状況にある。もしも警察・検察の介入を最小限に留め、医師の自治をできる限り尊重されたいのであれば、そのような問題点についての真摯な、国民を納得させられるような努力がまず最初に医師に求められるであろう。
2 四病院団体協議会の見解について
四病院団体協議会の医療安全対策委員会が2001年4月に発表した中間報告書は、異状死の届出義務につき、限定的な解釈を主張している。
しかし、問題が多い主張であり、納得できない。
この報告書は、「1.医師法21条における死亡検案の解釈について」において、
「医師法21条の死体検案は、同時に警察署への届け出でを義務化している。これは、犯罪の発見と公安の維持を目的としたものであり、現時点における本条項の解釈もその趣旨を遵守すべきである。社会生活の多様化に伴う事件性を有さない異状死、あるいは死亡にいたらないような健康障害への対応は、別な視点で規定すべきである。」
と述べているが、そもそも業務上過失致死傷は、「犯罪」であり、言わば立派な「事件」である。
また、
「医療事故を把握し、原因を明らかにして、予防策を検討し、場合により当事者の責任を問うという目的からは、21条の拡大解釈に法的根拠を求めるのではなく、医療事故を想定した新たな制度の創設が望ましいと考える。診療が萎縮し、医療の進歩を阻害する可能性、患者がより先進的な治療を受けられなくなる可能性があると思われる。」
としているが、従来述べられていた見解は「拡大解釈」とは言えず、むしろ、この報告書の見解の方が「縮小解釈」だと言うべきであろう。
なお、「萎縮」して行うべき適切な診療を行わないとすれば、そのような行為自体が、不法行為や債務不履行に該当して民事責任を負うものになるほか、業務上過失致死傷の刑事責任を負うことになる可能性があろう。
さらに、
「警察への届出義務を医師法21条の拡大解釈や類推解釈をし、そこへ法的根拠を求め無理やり相乗りさせようとしている点が問題である。」「特別な事件性がなければ、かならずしも全てを警察に届け出る必要はないと判断する。」
としているが、はたして、「特別な事件性」とは、一体何であろうか。不可解である。また、そもそも、そのような要件は医師法には規定されていない。
そのほか、
「医療事故での死亡は、家族に対する十分な説明のもと、家族の判断が優先されるべきであり、本人及び家族の人権保護、医療の質向上の観点から検討される必要がある。」
としているが、これからすると、患者が届け出るべきだと判断したら、急に届出義務が発生するという論理になりそうであるが、非常に奇妙な話である。
また、
「病院の医師が一律かつ事前に届け出ることは、この目的には必ずしも適していない可能性、医師法に定められた医師に課せられた守秘義務に抵触する可能性を有する。」
とも主張しているが、そもそも医師が法令に基づき届出義務を負う場合としてはさまざまなものがある。それらについても「守秘義務に抵触する可能性」を主張するのであれば、それなりの一貫性が保てるかもしれないが、おそらくはそういう趣旨ではないであろう。そうだとすれば、恣意的な解釈であるとの指摘を免れにくいであろう。
なお、この見解は、
「以上、医師法21条に関して、趣旨は遵守すべきではあるが、医療事故・異状死への対応は別な視点で規定すべきである。」
としており、これからすると、立法論(法律を改正すべきであるとの議論)としての主張のように見えるが、他の部分では解釈論(現行法の解釈)としての主張のようであり、両者の区別があいまいである。