webzine 医療改善のために
第1号(2001年5月31日発行)
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<特集 なぜ患者の権利が基本か>

看護職にとっての患者の権利 

山田 牧(看護職・大学院生)
(2001.05.29) 

 「患者の権利」ということを考えるときにはいつも、子どもの頃に亡くした母のことを思い出す。母は、胃がんのために3回の手術を受け、10数回の入退院を繰り返していた。最後の入院をする前日、私は姉とケンカをした。母は泣きながら私たち二人をたたき、
 「お母さんは、もう帰ってこられないかもしれないのに、あなたたちは何でそんなにケンカばかりするの!」
と言った。私達はその言葉が全く理解できなかった。理解できたのは、母が亡くなった後のことだった。

 最近でも、すべてのがん患者さんに対して病名の告知がされているわけではないのだが、その当時、癌の告知は全く一般的なものではなかった。母は、自分の病気のことを正式に伝えられてはいなかったが、自分の病気が、がんであろうことは知っていたようだった。しかし、その不安や苦しみを家族や医療従事者に伝えることはできなかった。一言弱音を吐けば、
 「そんなこと、考えてはいけませんよ。」
 「あなたの病気は胃潰瘍なのですから、必ず治ります。」
そんな言葉が返ってきていたそうである。もちろん子ども達にも何も伝えられない。どんなに苦しい思いをしただろうか、と、今でも考えてしまう。

 最後の入院をしている際、母は体力が落ちてしまい、自分で体を動かせなくなっていた。付き添い婦さんに、
 「足元が熱いので、布団をまくって欲しい」
と伝えたところ、
 「あなたが風邪をひいたりしたら、私の責任になってしまうから、できない。」
と言われ、母は泣いたという。その話は、母が亡くなった後、母の友人から聞いたものである。

 なぜ母は自分がして欲しいこと、それも、「ちょっとしたこと」ですら、やってもらえなかったのだろうか。それも、医療従事者の「立場」を悪くしないためだけのために。それは、私が看護職について、病院で勤務してからも、同様に怒りや疑問を感じることであった。病院で勤務していた際、入院されている患者さんは、何かご希望がある際には、大変遠慮がちにおっしゃられる事が多い。
 「遠慮せずに、何でもおっしゃってくださいね」
とお願いしてみると、次のような言葉が返ってきたことがあった。
「みんな忙しそうだからさ。言ってもそのままになってしまうことも多いしね。」

 この言葉はとても悲しかった。しかし、このように感じているのは、その患者さんだけではないだろう。それを医療従事者は意識しているだろうか。思ったことを言い出しづらい雰囲気の中で、勇気をだして伝えて下さった一言を、なんとなく聞き流してしまっているということはないだろうか。

  近年、看護職にも、「患者の権利」という言葉が浸透してきたように思う。しかし、施設、看護職個人の差があまりにも大きく、一般化されていないのが実情であろう。リスボン宣言を掲げてはいても、十分に説明を受けられていないことに不満を感じていたり、思っていることを表現しにくい、と感じている患者さんが多くおられる、という施設もあるかもしれない。病院という小世界は、一般の社会とは隔絶されており、たえず意識していないと、自分が、何らかの強い力を持っていると錯覚しやすい場所なのかもしれない。医療者としての自分は、患者さんとの相互作用によって成長させられているはずなのに、自分の力だけで成長していると、勘違いしてしまうことが多いのではないだろうか。

 私は少々、「患者の権利」という言葉には、堅さを感じる。しかし、実際の医療場面では、医療従事者を覚醒させる切り札となりえるのではないだろうか。看護者として患者の権利を守るためには、その人が望んでいることは何か、どのようなことを人生のプライオリティーとしているのか、などについて、聴かせていただくことが必要である。そして、その患者さんの希望が、可能な限りかなえられるような対応をすることが望まれるのではないだろうか。不充分な人数で、処置や記録、雑務などに追われているような毎日が続くことによって、患者さん個々の考えや、ご希望などの大切さを見失うことが起こり得る。患者中心の医療については、患者さんやご家族の方々からの評価を基に、改善に向けての取り組みを行うことによって、よりよいものとなるだろう。

 また、患者の権利擁護を中心課題とすることによって、看護者が果たすべき役割、現場の問題点、改善策などを明らかにしていくことができよう。そのためには、患者さんとの対話は不可欠であり、直接ご意見を聴かせていただける場や方法を提供することを、積極的に行っていく必要があろう。また、直接意見をいいづらい、という場合には、インターネットの掲示板や、MIネットのようなメーリングリストなどのツールを利用して意見を述べることもできる。看護者は、様々なご意見に十分な注意を払い、よりよい医療者―患者関係を構築するために、それらのご意見を活かしていくべきであろう。また、評価を加えずに話を聴かせていただく、という姿勢が患者の権利を擁護する上で、重要な意味をもつであろう。自分がそのような姿勢で患者さんと普段から接しているか、もう一度みなおして見ることで、新たな、「患者の権利の擁護者」としての意識が生じてくるのではないだろうか。

 どのような病院や施設に行っても、患者の権利を基本とした、患者中心の医療を実践しているという状況になるために、自分に出来ることを探し、ひとつひとつ実践していきたいと考えている。