webzine 医療改善のために
第2号(2001年9月15日発行)
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<市民運動と医療改善>

市民運動としてのMIネットの課題   

藤田康幸(弁護士) 
(2001.9.8)  

 1998年11月1日に医療改善ネットワーク(MIネット)が設立されてから、もうすぐ3年になる。
 約70名でスタートしたと思うが、いまでは約400名の会員になった。3年弱で、5倍以上の会員数になったとは言える。順調に会員数が伸びているという見方もありうるが、この程度の増え方ではあまり大きな力にならないという見方もできる。

 この3年弱の間に、各種のガイドライン作成・提言などの活動をしてきたが、これについても、少ないマン・パワーでよくこれだけのことができたものだという見方もありうるが、もっと活発に活動しなければ医療の改善が進まないという見方もできる。
 MIネットのキャッチフレーズは「あなたも、医療サービスの受け手です。医療の改善のために、自分にできることをしましょう。」である。
 ここには、医療の改善を進めていくためには、医療サービスの受け手が医療改善のための主体的な努力を自らすることが必要だという認識、つまり、個々人が、誰か他の人が自分を助けてくれるのを期待するのではなく、それぞれ自分ができることをしていく必要があるという認識がある。

 MIネットのことがそれなりに知られてくるに伴い、MIネットあてに電話、FAX、Eメール、郵便などが来ることも多い。
 それらのうちのある部分は、「・・・で困っている。助けてほしい。」「・・・についての情報がほしい。提供してほしい。」という内容のもの(以下、便宜上「援助要請」)である。
 MIネットの現在の力量からすれば、それらに応じることは簡単なことではないが、それ以上に、自分の利益を越えて広く医療改善のために努力しようという姿勢がなく、したがってまた、MIネットに加入しようとするわけでもなく、単に自分を助けてほしいという要請にそもそも応じるべきなのかどうかという疑問を感じる。
 こういう援助要請に対して、MIネットの趣旨と現状を説明し、個々人が広く医療改善のために参加することが必要だという趣旨を話そうとすることは結構大変なことで、また、聞く耳を持たない場合も多い。問題を現に抱えている人々にはあまり余裕がないから仕方がないという面があるとしても、そもそも、そういう人々こそ本来医療改善運動の中心にならなければいけないのではないかという思いもある。

 また、MIネットあての電話その他のうちのある部分は、メディアその他からの情報提供の依頼等である。これにもいろいろあって、MIネットが発表したことについての取材に関しては応じるのが当然であるが、あまり勉強しないまま質問してくる例もあり、一から説明する気力が起きないこともある。個人あての電話なら、「もっと問題意識をはっきりさせてから質問してくださいよ」ということもあるが、MIネットあての場合はそうもいかない。また、ある種の被害者や医療機関についての情報の提供を求めるだけのものもある。すぐ答えられることならともかく、いちいち話の要旨を入力して会員用メーリングリストで情報を求めるのも煩雑である。先方も単なる情報源の1つぐらいにしか考えていないこともあるので、どこまでこちらが努力をすべきなのかという問題もある。
 ジャーナリストからの電話等に対しては、ジャーナリストも医療の改善に大きな責任があり、個人的立場で医療の改善のための努力が必要だと言う場合もある。そして、現にジャーナリストが何人もMIネットに加入していることを話すことがある。しかし、それでも、参加しそうにない場合は、自分の仕事のために利用しようとしているだけなのかと思ったりして、答える気力が減退することもある。

 ほかにもいろいろなことがあるが、とにかく、MIネットから何かを得ようとする人は結構いるが、その中で、自ら参加しようとする人は必ずしも多くないようにも思う。

 市民運動の力量は、参加するメンバーの提供する力の総量によるだろう。メンバーが提供する時間・労力・資金・知恵などの総量が市民運動の力を規定する。MIネットの場合も、メンバーの数が増えるとともに、各メンバーが提供する時間・労力・資金・知恵などが増える必要がある。
 そのためには、何が必要だろうか、あるいは、何が欠けているのだろうか。

 「国民は、そのレベルに応じた政治しか得られない」という言葉がある。これは、医療についてもあてはまるだろう。国民が立ち上がらないのだから、どうせこのレベルの医療しか仕方がないんだと、あきらめるべきなのだろうか。そう簡単にあきらめるべきではないのだろうが、なかなか難しい。

 いずれにせよ、当面は、MIネットとしては、参加する市民が増えることをめざして、どのような方法・内容の努力をしていくのかが重要だと言えるのだろう。

 MIネットがもう一段発展するためには、専任の事務局を設けることができるかどうかが大きな鍵になるだろう。
 そして、そのためには、財政基盤が必要であるから、財政基盤の拡大のための活動が必要となる。

 市民運動の場合、一般に、財政基盤拡大のための活動(会員拡大活動、カンパ活動など)によって、運動が発展するという面がある。会員拡大活動、カンパ活動などは、お金のことだけを話題にするだけではできないから、運動の意義をよく理解してもらう必要があり、そのことが運動発展の力になっていく面がある。
 その意味で、活動の活発化が財政基盤の拡大をもたらし、財政基盤の拡大が活動の活発化をもたらすという関係に立つ。

 専任の事務局の設置にはそれなりの費用を伴うので、既存の財政基盤との関係ではリスクをどう考えるかという面がある。
 しかし、一般に、新たな活動等をするときには、その新たな活動等をすることによるリスクがとかく重視されがちで、新たな活動等をしない場合のリスクが軽視されがちな面があるようであるな気もする。
 市民運動について言えば、例えば、特定の人に大きな負担がかかっている場合に、新たな策を講じないと、運動が停滞・縮小・崩壊等をしていくリスクもある。特定の人に大きな負担がかかっている状態では、結局は、運動が長続きしないだろうから、遅かれ早かれ運動が停滞・縮小・崩壊等をしていくという結果になりかねない。

 また、市民運動というのは、一般に、一定の課題についての問題意識が大多数の人々には共有されていない状況、そして、その課題についての努力を大多数の人が実践しない状況で、発生し存続すると言えるだろう。
 そういう意味では、一定の課題との関係での実践度という尺度でみた場合、何も実践しない人が多数である状況が普通であろうから、もしも低きに合わせるとすると、あるいは、ある種の現実論に傾くと、何もしないことになってしまうという結果にもなりかねない。
 かといって、ある種の理想論に傾いて、運動体の力量(メンバーが提供する時間・労力・資金・知恵などの総量)を越えた活動をしようとすると、行動を伴わない結果になり、挫折する。

 ある種の現実論に陥ることなく、また、ある種の理想論に陥ることなく、それらのはざまで、運動を発展させるためにどのようなポリシーを選択していくかということが重要であり、そして、そのために、メンバー個々人が、自分が提供する時間・労力・資金・知恵などを少しでも増やしていくことが重要なのだろう。

 ケネディ大統領が就任演説で、
"Ask not what the country can do for you -ask what you can do for the country."
と言ったらしい。"country"の部分がほかの言葉に置き換えられて使われることも多いようだ。
 MIネットが発展するためには、
"Ask not what the MI Net can do for you -ask what you can do for the MI Net."
という気構えが必要と言えるかもしれない。