webzine 医療改善のために
第2号(2001年9月15日発行)
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<医療事故防止にむけて> 

紹介「国立大付属病院の医療事故防止提案」*   

町村泰貴(法学研究者)   
2001.7.31   

 医療事故、とりわけ人為的なミスによる事故は、ここ数年特に多く表面化してき た。患者の取り違えや薬品の取り違えといった単純なミスによる重大事故が続き、ミ ス防止のための様々な体制づくりが重要な課題とされてきた。そのような背景のもと で、国立大学医学部の附属病院長会議は、作業部会を作って医療事故防止の方策を検 討してきた。この報告書は作業部会の検討結果として作成されたものである。
 そこでは、「人間であれば誰でもエラーをおかす」という前提に基づき、「エラー を誘発しない環境や、起こったエラーが事故に発展しないシステムを組織全体として 整備していくことが必要である」という基本的な考え方(ヒューマンエラーを前提と した安全なシステムの構築)を掲げる。そして医療の質の継続的な向上と、患者・家 族と医療従事者とのコミュニケーションを通じた信頼関係の構築と患者の価値観に配 慮・尊重した患者中心の医療の必要性という三点を打ち出している。

 具体的には、まずうっかりミス対策として、大学病院に事故防止委員会をおいてマ ニュアル作成や研修を行い、事故や、事故に至らない段階でのいわゆるニアミス事例 の集積を環境改善に活かしていくこと、リスクマネージャー(事故予防や事故事例の 管理や情報収集の責任者)を通じた現場との意思疎通の重要性が指摘されている。さ らに国立大学相互間の情報開示と検証、あるいは対外的な安全管理情報の開示が提唱 されている。
 次に、医療の質向上という点では、大学病院という特殊な環境を前提に、助手、医 員、研修医、大学院生という人的構成の中で、本来指導医の指導を受けて経験を積む べき研修医が、人員不足の中で、事実上中心的な責任を負わされているとの問題が指 摘され、指導体制を充実させるなどの提案がなされている。このほか夜間の診療体制 の見直しと当直医の負担軽減の必要性も指摘されている。
 患者の参加等を通じた安全性の向上については、要するにインフォームド・コンセ ントの重要性ということに尽きるようである。アメリカ医師会倫理規範や高度医療に 関するインフォームド・コンセントの必要を指摘したヘルシンキ宣言などを参照しつ つ、患者とのコミュニケーションの充実やクリティカルパス(病気の種類ごとにどの ような診療や投薬がなされるのか、時間的経過に沿って図式化した見通しの表)の利 用推進の必要性が強調されている。
 カルテなどの診療記録についても、かなり突っ込んだ分析と提言がなされている。 質の高い医療を行う上でも、また患者に質の高い情報を提供して自己決定に資するた めにも、医療事故の防止、医療の正当性証明、開示に適うというためにも、医療記録 には正確かつ充実した情報が記入されていなければならない。こうした観点から、報 告書は、医療記録の詳細な記載内容の検討を行い、書くべき事項、書いてはいけない 事項(他の医療従事者への感情的な非難や患者家族への偏見など)、改ざんはもちろ ん、改ざんとみなされるような不明朗な操作をすべきでないこと、医療記録の一元的 な管理体制、そして電子化とセキュリティ確保の必要などを検討している。
 以上のほか、医薬品、医療器具のチェック体制、輸血事故の防止体制、情報技術の 積極的活用なども論じられている。

 最後に、医療事故発生時の対応に第6編をあて、事故処理に際して患者・家族への 説明、情報と医療記録の開示、一般への事故公表の範囲、再発防止策へのフィードバ ック、警察署への報告のそれぞれを分析し、詳細な指針を提示している。
 大学病院は一般の病院としての機能に加え、先端的医療や実験的医療にも携わり、 教育機能も有する複雑で多元的な組織である。そのような組織における安全管理体制 のための提言は、たとえば研修医や大学院生の位置づけや高度医療に関わる場合のよ うな特殊な要素に関係する部分もある。しかし大学病院に特有の問題は全体のうちご くわずかにとどまり、この報告書の内容はほとんどが一般の医療機関にも多かれ少な かれ当てはまる。そして内容的にも、基本的で重要なポイントが押さえられており、 事故の予防と発生後の対応との両面にわたって、実施すべきことが明快に提言にまと められていると評価できよう。
 とりわけ事故時における医療記録の開示については、患者・家族への開示を原則と して拒むべきでないと明言している点など、当然のこととはいえ、議論のあるところ だけに、評価に値する。

 問題は、むしろこれらをなかなか実行できないという点にあるのだろう。報告書で は予算面での困難に触れているが、報告書の多岐にわたる提言を実現するには、単に 予算の手当がつくだけでなく、様々なレベルでの業務の見直しや、ひいては医局体制 や講座制の問題にもつながる可能性があるように思われる。また、情報開示を進める ことにも、従来から根強い抵抗がある。こうした障害を克服して安全な医療環境への 提言を実現するためのインセンティブが、今後追究されるべき課題である。