webzine 医療改善のために
第2号(2001年9月15日発行)
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<医療と法関係> 

医療過誤訴訟の現状   

安東宏三(弁護士)   
2001.8.15   

1.医療過誤訴訟は増加している

 最高裁判所事務総局発表(民事局集計)による「医事関係民事訴訟事件統計」(平成13年3月)によれば、平成12年中において、全国の裁判所に新たに提起された医療過誤訴訟の件数(いわゆる新受件数)は767件に上っています。大雑把に言って1日2件強の割合で全国どこかの裁判所に新たな医療過誤訴訟が提起されている、という勘定になります。
 これに対して、同じく平成12年中の既済事件は全国で674件ですから、裁判所に係属中の事件(いわゆる未済事件)は、単純計算で前年より100件近く増加した勘定になります(平成12年の未済件数は1886件)。
 医療過誤訴訟事件の件数は、近年ほぼ一貫して増加の傾向にあります。
 たとえば、新受件数で見ますと、10年前の平成3年には356件であったものが平成12年では倍増(767件)しており、また未済事件数で見ても、平成3年が1250件であったものが平成12年では1.5倍(1886件)になっています。
 このような増加傾向を背景に、東京地裁・大阪地裁では、平成13年4月より、医療過誤事件を集中的に扱ういわゆる「医療集中部」が正式に設置されるに至っています。

2.認容率(原告側の勝訴率)はどの程度か

 民事訴訟では、原告側が勝訴するケースが大多数であるのが一般的です。原告側には、自分が不利だと思えば「訴訟を起こさない」という選択肢があるのですから、訴訟を敢えて選択したケースで「認容率」(原告側の勝訴率のこと。原告側の主張が認容されることからこう呼ばれます。)が結果的に高いのは、当然のことなのです。
 実際、判決に至った通常訴訟での認容率(一部認容を含む)を見ますと、平成3年から平成12年までの10年間の平均値で、86.0%(このうち欠席判決等を除くいわゆる対席判決のみでも76.8%)、という圧倒的な比率となっています。
 ところが、これに対し医療過誤訴訟では、同じく平成3年から平成12年までの10年間の平均値で、認容率は37.1%でしかありません。これは通常訴訟の認容率の実に「半分以下」、ということになります(「医事関係民事訴訟事件統計」(平成13年3月)による)。通常訴訟と比較した場合、医療過誤訴訟で勝訴を得ることの相対的な困難さが窺われます。
 もっとも、長期的に見れば、医療過誤訴訟での認容率は、近年次第に上昇傾向にあります。
 認容率は、例えば昭和45年には11.1%という低水準にありましたが、昭和50年代になって30%を超えるようになり、平成8年(40.3%)、平成10年(44.0%)、平成12年(46.8%)にはそれぞれ40%を超える認容率が記録されています。このパーセンテージは前述の昭和45年のそれの「4倍以上」であり、ある意味では隔世の感があるともいえましょう。
 これは、ひとつには、権利意識の高揚とともに、いわゆる「専門家責任」に対する社会の視線が厳しさを増したことの反映であろうと思われます。また、医療過誤訴訟に専門的ないし集中的に取り組む原告側弁護士層が形成され、技術・ノウハウ等が次第に集積されるようになったことの成果であろうとも思われます。
 もっとも、医療過誤訴訟では、一般に、その困難性から提訴のハードルは通常事件以上に高い(したがって結果的に立件率が低い)ものとされており、そのことを考慮すれば、本来認容率はさらにもっと高くて良いはずではないか、との議論があり、現状がそうではないことについて、患者側弁護士の間ではその原因分析と検討が行われています。

3.医療過誤訴訟はどれくらい長くかかるか

 全国の医療過誤訴訟における平均審理期間は、平成12年で35.8月(但し、これは平成12年既済事件の平均値。以下同様。)、すなわち「約3年間」、という水準です。
 なお、平成5年〜平成6年ころの平均審理期間(上記の意味での)は42月を超えていましたが、次第に短縮化の傾向にあり、平成8年以降ここ5年間の平均審理期間は、それぞれ順に、37.5月、36.7月、35.3月、34.6月、35.8月、となっています(「医事関係民事訴訟事件統計」(平成13年3月)による)。
 もっとも、この数字は、判決のみならず和解、取り下げ等で訴訟が終了したケースも含んでいますので、原告・被告が最後まで責任を争って判決に至るケースだけを取り上げれば、実感としてはもっともっと長い期間を要するものと思われます(後述の東京地裁での研究にも見られますが、責任を争って判決になる場合は、第一審判決までに4〜5年を要することが少なくない、というのが現状でしょう。)。
 これに対し、通常事件の平均審理期間は、例えば平成10年では9.3月(欠席判決等を除く対席判決事件では14.9月)とされていますから、医療過誤訴訟事件が通常事件と比較して長期間を要するということは、厳然たる事実です。
 ところで、このような審理期間の内容を、さらに分析的に検討したものとして、東京地裁に平成11年に設置された医療過誤訴訟検討チームの研究があります(「専門的な知見を必要とする民事訴訟の運営」法曹会、平成12年)。
 この研究によりますと、平成11年2月15日から同年9月30日までの間に東京地裁で既済となった医療過誤訴訟61件の訴訟記録を調査した結果、全件の平均審理期間は約2年4月、うち判決で終了した事件の平均審理期間は約3年8月で、このうち、主張整理期間が平均485.7日間(審理期間が2年以上の事件では主張整理期間が平均571.3日間)、という調査結果でした。
 「主張整理」といいますのは、原告・被告双方の主張を付き合わせて、争点を整理するための手続をいいます。民事訴訟では、原告と被告の言い分に食い違いのある点(つまり争点)についてだけ証拠調べをする、という大原則がありますので、証拠調べの前提として、この争点を確定する手続が必要になるのですが、その段階で1.3年ないし1・5年程度を要している、という訳です。
 また、同じくこの研究によりますと、鑑定を実施したケースでは、鑑定を採用してから実際に鑑定書が裁判所に提出されるまでの期間が平均286.3日、鑑定が実施された事件の平均審理期間が約4年8月であった、と報告されています。
 このように、裁判所は、「主張整理期間」と「鑑定に要する期間」を医療過誤訴訟における審理長期化の要因として意識しています。
 現在、東京地裁の医療集中部を中心に、医療訴訟の運用改善のためのさまざまな試行錯誤が行われていますが、その大きなターゲットが「主張整理の合理化」と「鑑定」に向けられているのは、このような背景があります。