webzine 医療改善のために
第2号(2001年9月15日発行)
09

counter


<医療と法関係>

異常死体の届出義務をめぐって   

奥村 徹(大阪弁護士会)   
2001.7.★   

1.異常死体の届け出義務

 医師法21条に「医師は,死体又は妊娠4カ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定されていいます(罰則:罰金2万円)。これが異状死体の届出義務と言われるものです。
 もともとは、死体は重大犯罪の証拠である可能性があり、したがって死体が重要な捜査の端緒であることから警察は死体の発生と死因に重大な関心があるところ、医師は死亡診断に立ち会う機会が多いことから、警察の行政目的のために医師に対して届出義務を課したものと解されます。
 人の死亡について捜査機関の関与を求める規定は他にも数多く見受けられ(刑事訴訟法第229条、刑法第192条、軽犯罪法第1条19号、臓器の移植に関する法律第7条等)、医師法の規定もその一環だと考えることができます。

2.広く解する見解

(1)法医学会ガイドライン
 どのような場合が「異状」なのかについては、法医学会のガイドライン(法医学会のホームページhttps://web.sapmed.ac.jp/JSLM/guideline.html)にはこのように記されています。ガイドラインとしてまとめられたものとしては唯一のものです。同法の趣旨についても詳しく説明されています。

(2)国立大学医学部附属病院長会議の答申

 また、国立大学医学部附属病院長会議常置委員会の中間報告(https://www.umin.ac.jp/nuh_open/iryoujiko.htm#19)でも積極的な届出が答申されています。これは近事、医療過誤の発生と、医療機関の隠蔽が度々問題となったため、疑わしい場合は届け出るという方針を明らかにしたものです。

 医療事故防止のための安全管理体制の確立について
    −「医療事故防止方策の策定に関する作業部会」中間報告−
         平成12年5月 国立大学医学部附属病院長会議常置委員会

 このように、「異状死体」の解釈については、なるべく広く解釈するというのが従来からの大勢です。

3.狭く解する見解

 このような動きに対して、最近、医学関係の団体からは異議を唱えるような見解も発表され初めています。

(1)日本外科学会

 日本外科学会「診療に関連した『異状死』について」
 https://www2.convention.co.jp/jss2001/downloads/Daily_Bulletin_1.pdf

(2)四病院団体協議会

 四病院団体協議会の医療安全対策委員会中間報告書
 「日本法医学会「異状死ガイドライン」の根拠に対し警察への届出について」
  https://www.ajha.or.jp/about_us/activity/ob_2_1/index.html

4.届け出義務をどう考えるか

 しかし、すでに見たように、死体について犯罪性の有無についての判断は第一次的かつ一元的に捜査機関にあるというのが従来からの刑事法の建て前であることは明かです。
 届出義務について医師の裁量を広く認めることは、すべての医師に一定の捜査の能力と権限があることを前提にすることになり、犯罪捜査に関する法律にも反します。また、医学の専門家である医師に犯罪捜査をさせるという無理をしいることになります。
 さらに、医師の裁量を広く認めると、関係者に刑事責任がない場合には届け出るが、関係者に刑事責任が生じるおそれがあるときは届け出ないという、極めて医療機関に都合のいい結果となります。
 したがって、最近の「異状死体」を限定的に解釈しようとする動きには、法解釈上は無理があると言えます。

MI-NETでも上記の動きに対して警戒する見解を出しています。
 「異状死と届出義務について」
 https://www.mi-net.org/ma/ijoushi_0105.htm

 もとより、医師法21条は、医療機関ないし警察が、医療過誤が発生した事実を公表するという規定ではありませんが、医療過誤が医療機関という密室で処理されており、発覚することすら希であるという現状に鑑みると、医療過誤による死亡の場合が「異状死体」として届けられれば、警察の関与をきっかけにして、患者・被害者にとっても原因の究明や医療機関の責任追及を開始する重要な端緒となるという意味では大事な制度です。
 また、医療過誤の発生を報告する制度として機能するものは、現状では他に見あたりません。
 ですから、患者・被害者にとっては、「異状死体」の解釈は広いほうがいいと言えます。

 また、責任の有無はともかく、医療過誤の発生が公にならなければ、その防止対策も進むはずがありませんから、将来の医療過誤防止の面からも、医療過誤の発生は積極的に報告させる必要があります。
 このように、法的な面から考えても、実質的に考えても、医師法21条の「届出義務」は従来通りに広く解釈すべきです。医師は、迷ったら届出ておくという意識を持つ必要があると思います。
 不幸にして亡くなった患者さんの御遺族も、異状死ガイドラインに照らして死因に不審があれば「念のために警察に届け出てください」と促すことも意義があると思います。

5.参考文献

 なお、死亡診断書に関する書籍として下記のものが書店で入手可能です。上記のガイドラインと同旨の記載があります。特に、『死亡診断書・出生証明書・死産証書記入マニュアル』は厚生省の編集によるものですから公的見解です。