webzine 医療改善のために
第4号(2002年2月28日発行)
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<日本医大下顎骨手術後急死事件>

遺族からの報告(上)

高橋 純(医療事故被害者遺族)

1.隠蔽と責任逃れと組織ぐるみと…=医療過誤に加え、告白医師を訴えた日本医大=

 私達の闘いのはじまり
 これまでの経緯(1997年〜2002年2月)

2.手術ミスの隠蔽 

 病院の態度
 強気一点張り
 誤刺入はあった─慶大教授の鑑定
 見せられなかったレントゲン写真
 その場しのぎと口止め
 無視されたミスの指摘
 G医師からのサイン
 不思議な言い分   以下(下)に続く

1.隠蔽と責任逃れと組織ぐるみと…
   =医療過誤に加え、告白医師を訴えた日本医大=

 「何よりも困るのは、医療は密室的な世界で行われているので左右を間違えて手術したとか、家族や患者が注射や輸血が間違っているのに気づいたなど弁解の余地のない場合以外は、最後は異常体質だとか原因不明だと医者をはじめ関係スタッフみんなが口裏を合わせて主張するので、ミスを証明するのが困難になることである。大体は病院ぐるみでミスを隠蔽するのが普通だからである。……」

 都立病院の院長などを務めたベテランの臨床医師、小野寺時夫氏が著書「新・治る医療、殺される医療」(中公新書ラクレ)の中で「(医療)裁判が適切に行われにくい理由」として述べている一節です。長年医療の現場で活躍された同医師の言葉ですから、これが日本の医療界の実状なのでしょう。私たちは昨年5月、娘の死をめぐって日本医科大学を相手取って医療過誤裁判を起こしたころこれを読んだのですが、正直なところ、半信半疑でした。しかし、半年あまりたった今、小野寺医師の指摘通りだとつくづく思うようになっています。「隠蔽」と「責任逃れ」と「組織ぐるみ」、そして、正直な医師に対する異様なまでの攻撃…。

【 私達の闘いのはじまり 】

 1年あまり前、読売新聞をはじめ各紙およびテレビ各局で、日本医大での下顎骨手術2日後に死亡した私たちの娘の医療過誤問題が大きく取り上げられました。「キルシュナー鋼線」という細い鋼鉄製ワイヤー(以下「Kワイヤー」と言います)の刺さった娘の頭蓋骨のレントゲン写真が新聞や、テレビに登場するのをじっと見つめながら、私たち夫婦は「こんなことになってごめんね」と、亡き娘に謝ったものでした。こんな自分が多くの人々の目に曝されることは娘は考えたこともなかったでしょう。
 しかし、同時に、私たちは、「『こんなミスがあった』と勇気を出して教えてくれたお医者さんがいたのだから、お前はまだ恵まれているんだよ。こんな悲しいことがもう起きないようにするためにも、お前の写真が必要なんだ。だから我慢してね」と、娘に語りかけました。
 手術に第1助手として加わっていた医師(以下「G医師」と言います)が本当のことを自ら“告白”し、謝ってくれたというのは、日本の医療界の現状からは、まさに奇跡的な例外と言わなければならないようです。ところがこれに加えて昨年末、日本医大はG医師を「大学の名誉を毀損した」として裁判に訴えました。これはまさに、今まで聞いたこともないような医療関係裁判であり、小野寺医師も予想し得なかった「大いに困る」出来事でしょう。日本医大の態度には怒りを禁じ得ません。
 同医師の勇気ある行動から始まった私たちのささやかな「医療過誤との闘い」。まだ短期間にすぎませんが、これを通して私たちは随分多くのことを学ぶことが出来ました。本稿では、日本医大・同病院だけでなく、どの医療機関にも共通の悪しき体質ではないか、と思われる点を、主に「隠蔽」「責任回避」の2つの角度から皆さんにお伝えし、少しでも医療を良くするための私たちの闘いの“中間報告”としようと思います。

【 これまでの経緯(1997年〜2002年2月)】

 まず、簡単にこれまで経緯からお話しします。
 娘(当時20歳)は1997年(平成9年)12月8日に、失恋ノイローゼから橋からの投身自殺を試み、右顎の骨など数カ所の骨折の重傷を負いました。しかし、何とか自力で川から這い上がって2キロ以上の道を歩いて公衆電話から自宅に電話し、駆け付けた母親の車で自宅に戻ることができました。独りでシャワーを浴び、軽い夕食を取ったあと、念のために同じ市内の外科病院に行き、頭部をはじめ各種のレントゲン検査を受けたところ、上記の重傷が判明、そのまま入院しました。翌日、同病院に日本医大から来ている形成外科担当のA医師に診断してもらった結果、同医大病院で下顎骨整復の手術を受けることになりました。診断結果は、怪我は骨折ぐらいで他に問題はなく、手術も下顎だけにとどめ、他の骨折は自然治癒にまかせる、というものでした。11日に同医大に転院し、受傷ちょうど1週間後の15日に主治医A医師が執刀医、G医師が第1助手、O医師(研修医)が第2助手を務めて下顎骨整復固定手術が行われました。
 ところが、娘がその夜から高熱を出し始め、急速に症状が深刻化、2日後の17日夕方に卒然と旅立ってしまいました。「細菌感染による敗血症─DIC (播種性血管内凝固症候群)─多臓器不全」というのが、病院側の死因説明でした。「いわば骨接ぎの手術ではないか。こんな単純な手術なのに術後わずか2日で死んでしまうとは…」と、納得できないまま時がたってしまいましたが、2000年夏になって突然、読売新聞社の記者を通じてG医師から会ってお詫びしたいとの話が伝えられました。晴天の霹靂でした。
 7月18日に会ったところ、同医師は「執刀したA医師が誤って骨固定用のK ワイヤーを脳内に刺入させてしまったのです。手当てするように指摘したのですが、聞き入れてもらえませんでした」と述べ、「これまでこれを伝えようかどうか悩んできました。お話しするのが遅れて申し訳ありません」と、心から謝ってくれました。
 「やはり医療過誤だったのか」との疑念を強めた私たちはその後、証拠保全手続きによるカルテ等の入手、医師、弁護士などとの検討、同医大への調査を申し入れ─を経て、結局「真相究明、日本医大の責任明確化のためには裁判に訴えるしかない」との結論に達し、昨年5月に、藤田康幸弁護士を代理人として東京地裁に提訴しました(その後、鈴木利廣弁護士にも加わってもらう)。その間、1月から2月にかけて上記のように、マスコミで大きく報道されもしました。裁判は具体的には「手術および術後管理に問題があったため患者が死亡した医療過誤」として不法行為・債務不履行の責任を問う損害賠償請求です。現在、同地裁民事35部(医療過誤事件を集中的に担当する4つの部のうちの一つ)で準備書面のやりとりが続いています。

 
2.手術ミスの隠蔽

【 病院の態度 】

 これまでの経過の中で同医大が見せた態度は以下のように要約できるでしょう。
○ 病院ぐるみの否定・隠蔽=手術ミスを家族に話さず、問題が表面化すると、組織を挙げて否定しました。
○ 責任回避=私たちが受傷原因、精神科治療歴について事実を隠したため必要十分な治療ができなかった、死因解明の解剖も拒否されたためできなかった─として責任を私たちに押し付けてきています。
○ 「病院こそ被害者」との主張=誤刺入をマスコミで取り上げられ、名誉を毀損されたとG医師を提訴しました。
 以上の各点について順次、私たちの立場から検討を加えていきたいと思います。

【 強気一点張り 】

 まず、病院ぐるみの隠蔽・否定です。その代表的な例が脳内誤刺入の手術ミスの隠蔽・否定です。
 これまで日本医大はこのミスを認めるどころか、「120パーセント刺さっていない」と全面的に否定しています。裁判での準備書面で、Kワイヤーの先端は頭蓋底寸前の「絶妙な部位」で止まったと“自画自賛”したり、「(誤刺入が)全く事実無根の虚構であるを立証すべく、完膚なきまでに反撃する用意を整えている」「誤刺入という主張を撤回しない限り、『事故隠し』と一方的に騒ぎ立てられた問題について解決はあり得ない」「誤刺入の立証が出来ないなら謝罪するのが当然」─などと強気一点張りです。
 娘の医療過誤問題が最初に報道されたのは昨年(2001年)1月22日付読売新聞朝刊でした。日本医大はその日午前中に直ちに、附属病院長、同副院長、脳外科教授、形成外科教授、それに娘の執刀医であったA医師自身がそろって記者会見し、「Kワイヤーの脳内誤刺入の事実はない。従って事故を隠すということもなかった」と全面的に否定しました。
 また、手術中にG医師からKワイヤーが刺さったという指摘があった事実もない、とA医師は述べ、調査担当責任者であった副院長も、当時の関係者に聞き取り調査等をしたが、そのようなことがあったと証言した者はいなかった、と述べています。
 さらに2月19日に日本医大は「学内調査委員会の中間報告」発表という形で記者会見し、前回同様、病院長以下が「Kワイヤーは頭蓋骨表面に少し触れた程度で、脳内には進入していない」などと主張し、「従って隠蔽する必要もなかった」と断言しました。
 このように日本医大は、5年前には手術を担当した形成外科が手術ミスを隠しましたが、今では「G医師の作り上げた虚偽」という基本的立場から文字通り「組織ぐるみの隠蔽」を展開していると言わざるを得ません。
 そして、上記のように居丈高な主張を展開し、ついには昨年末、G医師に対して「マスコミを利用して大学の名誉を毀損した」としてA医師への分と合わせ合計1億3000万円もの損害賠償を要求する裁判を起こしたのです(医療過誤問題で医療側がこのような裁判を起こすのは異例のことで、こんなことを許してはいけないと、Some-CA「医療従事者の良心的行動を支援する会」が中心になって支援の輪が広がっています)。

【 誤刺入はあった─慶大教授の鑑定 】    

 では、Kワイヤーは刺さっていたのか、刺さらなかったのか。本当のところはどうだったのでしょう。
 証拠保全手続き(2000年12月)で日本医大から入手できたワイヤーの刺さった術中の頭部レントゲン写真と、死亡当日の頭部CT写真(頭部を輪切りにした断層写真)を脳外科、脳神経外科等の専門家に見てもらったところ、一様に「脳内に入っている」との判定でした。このため、私たちは日本医大に対して、きちんとした説明を求めましたが、同医大の態度は上記の通りでしたし、結局、裁判に踏み切りました。
 裁判になって私たちは、慶応大学医学部の塩原客員教授の鑑定意見書作成を依頼し、この2月にこれを裁判所に提出しました。教授の結論は「Kワイヤーは確かに頭蓋底を貫通し脳内には刺入された。脳内に残った鋼線の痕跡からみて刺入の深さは約65ミリ。レントゲン撮影時にも先端部分がまだ約8ミリ脳内に刺さったままになっている。刺入によって、右側頭部にはくも膜下出血が起きている」というものでした。
 塩原教授はこれまで30年間に、約1000例を超える中頭蓋底(娘の誤穿刺があった部位)手術を手がけたこの分野の専門家です。今回の鑑定に当たっては、レントゲン写真、CT写真を基に頭蓋模型、グラフ等を駆使し、疑問の余地なく、Kワイヤーの脳内誤刺入を立証しています。従って私たちは誤刺入問題についてはこれで医学的な決着はつくと考えています。
 塩原教授は、刺さった部位からみてこの程度の損傷では脳機能への影響は重大なことにはならないとしていますが、「出血に伴った周辺の脳浮腫が比較的大きいことから、頭蓋内圧亢進がおこり、軽度の意識障害または不穏状態を起こす可能性は充分ある」と述べています。
 確かに亡くなる前の2日間、娘はベッドの上でじっとしていられないように体を動かし続け、苦しんでいました。看護婦が作成した「重症記録」には「不穏出現」「突然うなり声」「体動激しい」「身のおきどころない様子」でその様子が詳しく記載されています。16日の夜、同室の患者さんから「うるさい」と叱られて別室に移動しなければならないほどでした。
 これは塩原教授の指摘する「不穏状態」のことでしょうか。思い出すたびに、胸が痛みます。

【 見せられなかったレントゲン写真 】

 さて、当時、私たちは知る由もありませんでしたが、手術直後からミス隠しは始まっていました。
 手術中に撮影したKワイヤーの刺さったレントゲン写真を隠したのです。このレントゲン写真は私たちが娘の医療過誤を疑うきっかけになった決定的なものですが、死亡当時日本医大はこれを私たちに見せてはくれませんでした。もう一つ、娘の死亡前に撮影されたものに死亡当日の朝に撮影されたCT写真があります。これは死亡直後の説明の席で見せられました。これら2種の写真はどうして扱いが異なったでしょうか。
 輪切りになった頭蓋骨断面図が幾つも並んだCT写真は、専門家でもない限りなかなか分かりません。いきなりそれを見せられても説明を鵜呑みにするしかなく、疑問はなかなか持ちようがありません。娘の死亡直後で茫然自失にあった私たちもそうでした。
 他方、ワイヤーの刺さったレントゲン写真は、大きなフィルムに頭蓋骨が、輪切りなどでなく、分かりやすい形で一つだけ写っているのですから、頭部や頭蓋骨が折れるなりしていれば、専門家でなくとも「おかしい」と分かります。まして、ワイヤーが相当突き刺さっているのですから、遺族は、いくら茫然としていても、手術ミスではないのかとすぐ疑ってしまうでしょう。
 だからこそ、日本医大は私たちに対して、一方は見せるが、他方は隠すということにしたのでしょう。G医師の話ではその申し合わせが出来ていた、とのことです。
 私たちはレントゲン写真の存在すら知りませんでした。初めて現物を見たのは、2000年年末の日本医大での証拠保全の際です。

【 その場しのぎと口止め 】

 他方、CT写真についても日本医大の説明や態度は納得の出来ないものです。
 輪切りになった頭蓋写真の何枚かの右側頭部に白い部分と、黒い部分とが写っていました。日本医大の説明は「8日の事故が原因と思われる。脳に衝撃が加わった場合、すぐには障害が生じなくて、相当の日数が経ってから起きてくる遅発性の出血・梗塞の脳障害だ」というものでした。私たちは「そうですか」と、聞くしかありませんでした。
 しかし、塩原教授の鑑定意見書によると、白い部分はKワイヤーの誤刺入によるくも膜下出血、黒い部分は出血に伴う脳浮腫の映像です。
 日本医大の説明は、家族向けに申し合わせたその場しのぎのものに過ぎなかったのです。「外傷の場合、こんなに日数がたって脳内に出血、梗塞が出ることはまずない」というのが別の専門家の見方でした。
 昨年の記者会見で日本医大の脳外科教授は、可能性は非常に少ないとはしながらも、出血と梗塞が手術と関連性があることを認めていましたが、これまでの裁判では日本医大はこの「受傷に伴う遅発性脳梗塞」説について何も述べていません。
 さらに、医療ミスの場合によくある話の通り、娘の死亡後間もなく、形成外科教授から脳内刺入のことは口外しないように口止めされたとG医師は述べています。
 娘の死亡後、私たちは死因等について詳しく知るため、4回にわたってA医師らと面談しました。が、遂にこのレントゲン写真は見せてもらえませんでした。
 娘の死亡当時、このレントゲン写真を見ていたら、「手術ミスではないか。解剖してもよいから調べてほしい」と日本医大に要求したと思います。しかし、そんなこととも知らない私たちは、解剖実施の要請があったとき、一瞬迷いましたが、結局断りました。怪我と手術で傷ついた娘をこれ以上傷つけたくないと考えたからです。

【 無視されたミスの指摘 】

 さて、今振り返ってみると、こうした経過の中で、G医師の当時の言動は重要かつ意味深長でした。同医師はまず、手術ミスの直後にミスを指摘するなど、組織内部でいわば、“問題提起”をしていたのです。しかし、これは無視され、隠蔽されてしまいました。他方で同医師は私たちに対してもいろいろ“サイン”を出していたのです。
 もちろん、G医師にはこの事実を正面切って公表するというはっきりした意志は当時まだなかったでしょうし、また、私たち方でもそれに気づかなかったということなのですが、やはり、G医師は、ことの発端、その後の経過の中で医師として、一人の人間としてやむにやまれぬ気持ちから発言し、サインを出したのだと思います。
 まず、病院内部でのG医師の問題提起の例です。
 解剖に関して言えば、娘の死亡直後に行われた医師たちによる死因等の説明の席で私たちに解剖を要請したのは実はG医師なのです。主治医兼執刀医のA医師もそばにいましたが、これについては全く沈黙していました(ところが、日本医大はG医師の裁判において、A医師およびO医師が解剖を勧めた、と言っているのです。これも信じられない話です)。
 第2に、ワイヤーを付けたままの頭部レントゲン写真の撮影を提唱したのもG医師でした。手術中にA医師がエアードリルで高速回転するKワイヤーを顎の下方から上方に刺し進めているとき、不自然に突き進んだのを目撃したG医師がすぐに「Kワイヤーが脳に入った」と指摘し、さらにレントゲン撮影をすべきだと提案した結果、技師たちが呼ばれて急きょ撮影されたものでした。このレントゲン写真はもちろん「急現」(「至急現像」ないし「急ぎ現像」の意味と思われます)指定で、その日のうちに現像されました。ところが、前述の通り、昨年の記者会見で日本医大は、G医師から脳内刺入の指摘はなかったし、レントゲン撮影はKワイヤーの位置確認のためで、現像されたのは翌日だったと述べています。しかし、「急現」指定は文書が残っています。また、単なる位置確認のためのレントゲン写真だというなら、なぜ、私たちに隠す必要があったのでしょう。
 手術後にレントゲン写真を見たG医師は改めて誤刺入を確信し、同日夕方開かれた形成外科の医局会議に先立ってその場で改めてA医師に同様の指摘をしたものの、これも一蹴された、とのことです。
 第3の例は、死亡当日の朝のCTの緊急撮影の手配です。これもG医師が指示したことでした。出勤直後に娘のただならざる容態に気付いたB医師が、術中の誤刺入との関連を懸念しつつ「12/15手術の際、頭蓋底損傷の疑いあり」と所定用紙に記載して放射線科に急きょ依頼したものでした。この際の依頼票には、同医師はわざわざ頭蓋骨を描き、右顎を円で囲み、それに矢印を付けて特にその部分を撮影するよう指示してもいました。
 A医師や形成外科の幹部がG医師の指摘、発言に耳を傾けてくれていたら、と思わざるを得ません。

【 G医師からのサイン 】

 次に、G医師が私たちに出していたサインです。
 その一つは、平成9年12月26日に私と面談した際の同医師の発言です。
 G医師は別れ際に突然「腑に落ちない、というのは分かります。私どもも同じです。遺族としてはらわたが煮えくり返っているのも分かります」と述べました。私はあたかも謝罪するような調子のこの発言に驚いた記憶があります。
 結局これは、同医師が誤刺入を念頭におき、これを私たちに隠していることについて心に痛みを感じていたための発言だったのでしょう。
 また、同年12月29日に、私は今度はA、G両医師と面談しました。その際、G医師は上司に当たるA医師の面前で「私は顎の手術は何百回とやりましたが、こんなに病状が急激に悪化した例は初めてのことです」と述べました、これも手術に問題があったと考えていたための発言でしょう。
 そして、前にも触れた病理解剖の要請です。G医師は「こんな急な死に方は病院始まって以来初めてのことです。我々も納得出来ません。解剖させてほしい」と述べました。同医師はもし、解剖が実施されれば、死因が何であるのか、Kワイヤー誤刺入は事実かどうか─などを確認したかったのでしょう。

【 不思議な言い分 】

 もし、私たちが娘の死亡直後(あるいは手術直後)に誤刺入の事実を聞かされ、あるいはレントゲン写真を見せられていれば、解剖要請に応じていたでしょう。むしろ、手術ミスの可能性があると考えて、解剖を要求したはずです。「遅発性脳梗塞」との関連について解明するためにもこれは当然です。裁判の中で日本医大は「家族の同意が得られなかったため病理解剖を断念せざるを得なかった」と主張していますが、解剖を承諾しなかった背景には、日本医大が誤刺入を隠し、また、レントゲン写真も隠すという態度を取ったことが大きな要因としてあるのです。
 また、日本医大は裁判において、死亡原因は「医療機関であり、医学研究機関である被告(日本医大)にとって真摯に解明すべき課題であり、このことは被告自身が一番良く認識している」と言い切っています。もし、当時、本当にその認識があったのなら、まず術中、術後における上述のようなG医師の重要な指摘等を直ちに取り上げて、私たちに「これは病理解剖が不可欠な事例だ、是非解剖させてほしい」と積極的かつ誠実に説得すべきであったでしょう。特に主治医であったA医師は、G医師の発言をまつまでもなく、その希望を表明し、逡巡する原告らを説得すべきであったはずです。だが、前述の通り、事実はそうではありません。まして、解剖を提案したのは自分だ、などと主張するのは論外でしょう。
 仮に誤刺入についても日本医大側から率直に説明があり、私たちが解剖を承諾し解剖が実施されていれば、死因は日本医大が認める通り、詳しく解明された可能性が大きいと思います。さらに言えば、もし日本医大がG医師の指摘を受けて誤刺入直後から迅速かつ適切に対処していれば、娘は命を落とすこともなかったのかもしれないのです。

<遺族からの報告・上>(了)