webzine 医療改善のために
第4号(2002年2月28日発行)
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<さまざまな取り組みから>

精神科の入院患者の「権利宣言」と「オンブズマン制度」

      2002・2・20  原 昌平(ジャーナリスト)

1.なぜ精神科で人権侵害が多発するか
2.悪徳病院と市民団体の追及
3.実際に役立てる「権利宣言」
4.始動するオンブズマン制度
5.改善のカギ握る権利擁護活動

◆資料「入院中の精神障害者の権利に関する宣言」(全文)
◆参照資料
◆NPO大阪精神医療人権センター

1.なぜ精神科で人権侵害が多発するか

 精神科が、日本の医療で最も遅れた分野であることは、多くの人が同意するでしょう。入院患者に対する人権侵害や診療報酬詐欺など、医学以前の問題事件が今なお全国各地で後を絶ちません。
 一般医療では、患者の権利、さらに消費者としての権利が現代的な課題です。
 ところが精神科の場合は、改善が一定進んだとはいえ、暴力、虐待、違法拘束、使役労働などが横行する「人間扱いしない病院」が少なからずあります。もっと多いのは、漫然と長期入院させるばかりで真剣な治療や社会復帰の援助が乏しい「患者扱いしない病院」です。
 これらをあわせると全国約1600病院、約35万床のうち、半数余りは、医療より収容の場ではないかというのが私の実感です。日本の全入院患者の4分の1、世界でも突出して多い約33万人にのぼる精神科入院患者の多くが、人間としての基本的な権利を保障されていない状況にあるわけです。
 なぜでしょうか。一口にいうと、いまなお消えない隔離収容政策の結果ですが、具体的にみると、精神科に特有の事情がいくつかあります。

〔1〕閉鎖性、密室性が高い
〔2〕人権制限が合法的にできる(法律なしで拘束する一般医療よりましな面も)
〔3〕患者本人の意欲や意思表示の能力に困難がある場合が比較的多い
〔4〕医療スタッフ数、医療費の投入額が他科に比べて貧しい。
〔5〕民間の単科精神病院が大半で、一部に営利主義の経営者が目立つ
〔6〕社会復帰対策が遅れ、退院後の行き場が少ない
〔7〕家族の疲労や関係の悪化で援助者が少ない
〔8〕社会的な偏見が大きい

 これだけ多くの問題の改革には、相当な労力が必要ですが、その一歩として画期的な意味を持つ取り組みが、大阪府で進んでいます。
 2000年5月に府の精神保健福祉審議会が打ち出した「入院中の精神障害者の権利宣言」(全文は末尾に添付)と、2002年度から公的にスタートする「精神医療オンブズマン制度」(仮称)です。

2.悪徳病院と市民団体の追及

 「権利宣言」を実現させたのは、病院スキャンダルでした。
 1997年3月、安田病院グループの3つの病院における患者虐待、劣悪医療、不正工作がマスコミ報道で暴露され、巨額の診療報酬詐欺として刑事事件にも発展しました。大阪府は同年10月、3病院の廃院、医療法人の解散という日本の医療事件史上、初めての最も厳しい処分に踏み切りました。
 ここに至る過程には、同グループの1つ、精神科の大和川病院で男性患者の暴行死が発覚してから4年余り、3病院の実態を粘り強く追及したNPO大阪精神医療人権センターの活動がありました。内情を知りながら放置してきた医療行政の姿勢、官僚や政治家、医学界有力者と病院オーナーの癒着、そうした病院しか
行き場のない患者を生んだ福祉や精神科救急の不備も、厳しく問われました。
 そして、病院による人権侵害を再び繰り返さない手立てを考えるため、府の審議会は「医療人権部会」を設け、委員には人権センターの弁護士や精神障害の当事者団体のメンバーも加わりました。審議会の意見具申は、人権侵害のはびこる要因を的確に分析したうえで、10項目の「権利宣言」を打ち出しました。
 市民団体のねばりづよい取り組みが、力関係を変え、行政や病院団体の姿勢にも変化をもたらしたといえます。

3.実際に役立てる「権利宣言」

 内容からみた特徴は、精神科の病院の実情と入院患者の声に即して、実際に役立つよう、具体性を重視したことでしょう。
 10項目の中には、たいへん初歩的で素朴に見える項目があります。「できる限り開放的な、明るい、清潔な、落ちつける環境で治療を受ける権利」「自分の衣類等の私物を、自分の身の回りに安心して保管しておける権利」。
 わざわざ権利にうたうのは、それさえ守られていないケースが多いからです。
 逆に高度なハードルもあります。「自分が受ける治療について、分かりやすい説明を理解できるまで受ける権利」「自分の治療計画を立てる過程に参加し、自分の意見を表明し、自己決定できるようにサポート(援助)を受ける権利」。
 これらをきちんと実行している病院はまだゼロと思われますが、「強制入院があるから無理」「精神科の患者は特別」といった一部の抵抗に屈せず、医療として当然の原則を明確にしたことには今後、大きな意味があるでしょう。
 もう1つの特徴は、宣言を単なる飾りにせず、現場に生かすため、府内のすべての精神科の病棟に掲示を求めたことです。府は院内に人権擁護委員会を設けることも指導しており、一部の病院は外部委員も入れました。
 また人権センターは2001年秋、権利宣言と相談窓口などを掲載したリーフレットを府内2万人の入院患者全員分こしらえ、各病院へ届けました。大部分の病院が依頼通り、患者1人ひとりに手渡したようです。病院経営者側も「人権」という言葉を、当然の課題として受け入れるように変わってきたのです。

4.始動するオンブズマン制度

 審議会の意見具申には、もう1つの目玉がありました。患者の権利を守る立場に立つ外部の人間(行政とは異なる第3者)が閉鎖病棟まで訪れ、患者の要望、苦情などナマの声を聞いて相談に乗る活動を、公的な制度にすることです。予告なしの「ぶらり訪問」も含みます。
 この活動は、人権センターが1998年秋から独自に始めたもので、訪問の印象記に各病院のアンケート回答や統計データを加えて「大阪精神病院事情ありのまま」として刊行し、第3者による病院情報の公開・評価としても力を発揮しました。
 2002年度からは、人権センターや精神病院協会、精神保健福祉士協会、看護協会、精神障害者連絡会、家族会、弁護士会、保健所長会などでつくる「大阪府精神障害者権利擁護連絡協議会」(事務局・府こころの健康総合センター)を母体に、参加団体を広げて再スタートします。
 条例などは設けず、病院側が任意で協力する形をとりますが、日本で初めての公的な制度で、府は活動費を補助します。訪問メンバーはとくに制限せず、入院経験者、医療従事者、一般市民を含め、一定の研修を終えた人を登録します。病院を頭から敵視した活動ではないので、調査結果は病院に伝えて必要な改善を求め、患者の個人情報を除いて一般にも公開します。

5.改善のカギ握る権利擁護活動

 今回の制度は、最初に述べた精神科特有の問題点のうち、「患者自身が権利を守る能力の不足」「援助者の不足」を補うことに主眼があり、「権利擁護システム」の一種です。米国の精神病院に市民団体から派遣された権利擁護者が常駐していることを参考にしたもので、英語ではアドボカシーと呼ばれる活動です。
 これを訪問型で行うことが重要で、他にも多くの効果が生まれます。

〔a〕外部の目の導入で「閉鎖性、密室性」を減らす。
〔b〕患者の訴えを待つのではなく、積極的に出向いて聞き取る。
  (患者は心身の状態や家庭事情、病院との関係などから積極的に訴えにくい
   場合が多く、精神保健福祉法による精神医療審査会への退院請求・処遇改
   善請求制度や弁護士会の当番弁護士制度には、受け身という弱点がある)
〔c〕行政による立ち入り調査の不十分さをカバーする。
  (行政の調査は事前予告が基本のうえ、ふつう年1回しか行われず、チェッ
   ク・指導できる項目にも法的な制約がある)
〔d〕病院が内部で気づきにくい問題点や患者の要望を知り、改善を図る。
  (医療内容、施設設備、職員の姿勢、院内生活、退院要望などきめ細かく)

 もちろん、これだけで精神医療の問題が解決するわけではなく、国レベルでの抜本的な改革が必要です。とはいえ、こうした権利擁護活動が各地に普及し、日常的に病棟に入るようになれば、それだけでも病院の人権状況は大きく前進し、医療の質の向上にも役立つはずです。
 こうした権利擁護のしくみは、高齢者、知的障害者、生活保護の患者をはじめ、精神科以外の病院や施設にも、ほんらい必要なものでしょう。(了)


◆資料「入院中の精神障害者の権利に関する宣言」(全文)

   (大阪府精神保健福祉審議会・2000年5月19日)
 入院中の精神障害者は、適切な医療を受け、安心して治療に専念することができるよう、次の権利を有しています。
 これらの権利が、精神障害者本人及び医療従事職員、家族をはじめすべての人々に十分に理解され、それが保障されることこそ、精神障害者の人権を尊重した安心してかかれる医療を実現していく上で、欠かせない重要なことであることをここに明らかにします。

 1 常にどういうときでも、個人として、その人格を尊重される権利、暴力や
   虐待、無視、放置など非人間的な対応を受けない権利
 2 自分が受ける治療について、分かりやすい説明を理解できるまで受ける権
   利、自分が受けている治療について知る権利
 3 一人ひとりの状態に応じた適切な治療及び対応を受ける権利、不適切な治
   療及び対応を拒む権利
 4 退院して地域での生活に戻っていくことを見据えた治療計画が立てられ、
   それに基づく治療や福祉サービスを受ける権利
 5 自分の治療計画を立てる過程に参加し、自分の意見を表明し、自己決定で
   きるようにサポート(援助)を受ける権利、また、自分の意見を述べやす
   いように周りの雰囲気、対応が保障される権利
 6 公平で差別されない治療及び対応を受ける権利、必要な補助者“通訳、点
   字等”をつけて説明を受ける権利
 7 できる限り開放的な、明るい、清潔な、落ちつける環境で治療を受けるこ
   とができる権利
 8 自分の衣類等の私物を、自分の身の回りに安心して保管しておける権利
 9 通信・面会を自由に行える権利
 10 退院請求を行う権利及び治療・対応に対する不服申立てをする権利、これ
   らの権利を行使できるようサポ−ト(援助)を受ける権利、また、これら
   の請求や申立てをしたことによって不利に扱われない権利

◆参照資料

・大阪府精神保健福祉審議会の意見具申「精神病院内における人権尊重を基本と
 した適正な医療の提供と処遇の向上について」(2000年8月4日)
  https://www.iph.pref.osaka.jp/kokoro/siryou/ikengusin.html

・精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則に関
 する国連決議(1991年)
  https://www.jpna.or.jp/info/info_page1.htm

◆NPO大阪精神医療人権センター

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