抗マラリア薬として開発されたクロロキンの長期投与によって、視野のごく中心部しか見えないクロロキン網膜症が多発した事件。
慢性腎炎や慢性関節リウマチ、てんかんなどへの根拠に乏しい適応拡大によって被害者が拡大し、日本では約1000人の被害者がいると推定されている(浜六郎1996:25)。このうち100人ほどが訴訟を行っている。
1934年 ドイツで抗マラリア剤として開発されたが、毒性が強いとして断念
1943年 USAで独立に開発、1946年から臨床に応用開始
1955年 吉富製薬が「レゾヒン」の名称で発売
1957年 角膜障害が報告される
1958年 製薬企業、慢性腎炎、続いて慢性関節リウマチや気管支喘息、てんかんに適応拡大
1959年 ホッブスによりクロロキン網膜症が報告される
1961年 日本でもクロロキン網膜症の報告
1962年 文献報告で142例、アンケート調査で353例のクロロキン網膜症が報告される
1964年 この年及び翌年にリウマチ学会でクロロキン網膜症の集中討議
1965年 厚生省製薬課長(当時)、クロロキンの副作用報告を聞き自らは服用を中止
1969.12.23 クロロキン網膜症を添付文書に記載せよとの薬務局長通知が出される
1973年 横浜市大病院の投与で失明した被害者が横浜地裁に提訴
1975年 被害者が東京地裁に提訴
1978.9.7 東京地裁で医師の過失を認める判決
1979.9.26 横浜地裁で医師の過失を認める判決
1980年 被害者が第二次提訴
1988.3.11 東京地裁第一次提訴の高裁判決で国の責任は否定
1995.6.23 最高裁第二小法廷、高裁に続いて国の責任を否定
浜 六郎 『薬害はなぜなくならないか』日本評論社1996